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月神香耶side
「ハァッ…ハァッ、けほっ」
「はぁ、大丈夫か、香耶」
ふたりの人影が森を駆け抜ける。
「代わりに、俺が、殺ってきても…いい」
「ハァッ……ハハッ、私から出番を取ったら何が残るのかな?」
「香耶……」
吐いた息が白く残って私の後を追いかける。
極限に気配は消している。
針のように鋭い冬の空気。吸い込んで、むせこんで、少し咽を切った。
ごく少量の血を手のひらに吐き出すと、肌に張り付く前に黄金の塊になる。
それを落とさないように左手に握りこんで、祈るように前を向いた。
この血とはもう長い付き合いだ。今更己を悲観するようなことは無い。
無いけれど……
やっぱり私は、どうしようもなく異物で。
「大丈夫。行こう、薫君」
私はなぜ、この時代に来たのだろう。
ただ余生を、心安らかに暮らしたかっただけなのに。
でも、後悔は、まったく砂粒ほども無い。
私が知る歴史を変えることで、万が一私自身の存在が消滅してしまうことがあったとしたら。
そのときこそ、私が望む瞬間なんだから。
「見つけた──!!」
そう言葉にしたのは、私と薫君、どちらだっただろう。
どちらとも無く鞘から刃を滑らせる。
「薫君は、御陵衛士の残党を」
薫君は無言でうなずく。
京都市中から伏見へと馬で向かう近藤さんの一行。それを狙撃しようと狙う、御陵衛士の残党を見つけた。
新選組は、すでに伏見奉行所に陣を構えている。
慶応三年(1867)、十二月十八日。時刻は、太陽が西の空に沈み始める頃。
「私は、近藤さんたちを襲う」
私の、固く刀を握る右手に、薫君の左手が重なった。
総司君。
ごめん。
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