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月神香耶side
「きゃああぁっ!」
烝君の手によって、私たちの部屋に放り込まれてきたのは千鶴ちゃんだった。
おやおや…
「ずいぶん大胆な登場だね」
「うん。まさか、いきなり押し倒されるなんて思っていなかったよ」
「お、沖田さん!?」
総司君を下敷きにして、軽くパニックになってる千鶴ちゃん。というか、総司君が受け止めてくれたんだけどね。
私はくすくす笑って冷やかした。
「ちち違うんです香耶さん!! これはその、偶然で……事故みたいなものなんです!」
私に向かって必死に言い訳する千鶴ちゃんが、可笑しかった。
だって、言い訳に夢中で、総司君の上に乗ったままなんだもの。
「ふふ…いいけどね。居心地よければ。もうちょっとその子の足止めしといて」
「え……あっ!?」
「あっ! ちょっと待って、香耶さん!」
じゃあね、なんて手を振りながら、私は部屋から脱走した。
ごめんね、総司君。
ただ、屯所の奥で、守られるだけのお姫様役なんて、性に合わないみたいだ。
千景君と歳三君たちが戦う中庭に、私もようやく到着した。
「千景君!」
「……香耶」
「!!」
歳三君と切り結んでいた千景君は、こちらに気付いて歳三君と距離をとった。
「総司のやろう、何してやがる」
「ごめん撒いてきた」
言って、二人の間に滑り込む。
「千景君、君の役目も言い分も、わかってる、つもりだけど…」
「ならば俺と来る気になったか」
私は彼の緋色の瞳をひたと見つめて、首を横に振った。
「私はここにいたい。誰のためでもない。私のために」
「そうか……」
千景君は私の言葉を噛み締めるように瞳を閉じた。
そして。
「興が削がれた……退く」
彼らは、そのまま通りに面した壁を飛び越え、退いていった。
新選組はそれを追わなかった。
「はぁー」
安堵の息が出る。
歳三君もまた、刀を鞘に納め、私と肩を並べた。
「どうやら、今夜はここまでのようだな」
がしぃ!っと私の肩を掴みながら。
「…って、いっ痛たたた歳三君! 肩、肩!」
「おい、被害の状況を報告しろ!」
歳三君はまるで無視するように隊士たちに指示を出す。
「香耶さん、いい度胸だね。僕を置き去りにするなんて」
「うげっ」
肩を掴まれてて、後からやってきた、怒り心頭の総司君から逃げられもしない。
そして私は、ふたりの保護者にこっぴどく叱られることになるのだった。
その後新選組は、西本願寺が用意した新しい屯所に引っ越すことになった。
新選組の三箇所目の屯所となる、不動堂村屯所。
慶応三年夏を迎えた頃、私たちは、二年と少しを過ごした西本願寺を後にした。
安寧を脅かす時流の波は、すぐそこまで来ていた。
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