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月神香耶side
「………はぁ」
とりあえず皆、解散して部屋に戻ってきた。
眠るために床に入ったけれど、なかなか眠れない。
それは、同じ布団で横になってる総司君も同じなようで。
「香耶さん、ほんとに良かったの?」
不安そうに声をかけてくる。
「……それは、千と行かなくてよかったのか、ってこと? 君が行くなと言ったのに」
「それもあるけどさ……。例え君が行きたいって言ったって、僕は君を離さなかっただろうけどね。でも、あの千姫って子とは仲が良かったんでしょ?」
「まあね。心配しなくても、あれくらいで私と千の仲がこじれることはないよ。千だってわかってるさ。長い付き合いだからね」
「ふぅん…」
総司君の声のトーンが下がった。
あれ、今の会話のどこに機嫌をそこねる要素があったのかな。
「僕はどうでもいいけどね。君とあの子の仲がこじれようが」
「総司君、拗ねない…」
彼の頭を撫でようとした手が、不自然にぴたりと止まった。
なんだろう、嫌な予感。
「………」
「………!」
総司君も、異変に気付いたらしい。
ふたりで同時に布団から飛び起きた。
外から感じたのは、隊士の怒号と、敵意。
「沖田組長、敵襲です」
部屋の外から烝君の声が聞こえた。ふすまを開けなかったのは、私が一緒にいるからだろう。
「敵は?」
「鬼が、三匹」
「狙いは香耶さんかな」
「沖田組長は月神君から眼を離すなと、副長の命です」
「ええー、つまんないー」
「香耶さんは一寸も僕から離れちゃだめだよ。山崎君、承知したと伝えて」
「はい」
烝君は襖越しに用件だけ伝えて姿を消した。
「……千鶴ちゃん、」
「香耶さん、あの子が心配なのはわかるけど、一番狙われてるのは君なんだって自覚してよね」
「わかってるけど…」
今にもふすまを開けて飛び出していきそうな私を、総司君が威圧して押し留める。
手早く着替えを済ませ、刀を差して、いつ敵が来てもいいように備えた。
そうしているうちに、外は刀がぶつかり合う音と怒鳴るような声が聞こえて、尋常ではない騒ぎになってきた。
「……総司君、千景君は本気なのかな」
「何が言いたいの?」
今は何月何日? 慶応三年、六月。
ここ最近、新選組は内部の粛清に忙しかったが……この月は、私にも関係する、なにかが起こる。
そう、あれはたしか…
「……屯所移転」
もともと長州に協力的だった西本願寺は、この騒ぎを口実に厄介払いが出来る。
うがった見方をすれば、この騒ぎ自体が薩長の差し金とも考えられなくもない……か?
去年の正月には、かの坂本竜馬の仲介で秘密裏に薩長同盟が成ったわけだし、薩摩と長州はすでに仲良し子好し。
滅びると決まっている徳川幕府とは手を切り、雄藩の手で日本の運命を切り拓くべきだと。
何が正しいってわけじゃない。皆にそれぞれ正義がある。
千景君にだって。
悶々と考えに耽っているあいだに、すぱーん! とふすまが開いた。
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