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月神香耶side
「この国には、古来から鬼が存在していました。幕府や、諸藩の上位の立場の者は知っていたことです」
近藤さんは頷いた。
彼らもすでに鬼の存在は知っている。
風間千景や、南雲薫といった鬼の存在、薫と双子の兄妹だという千鶴ちゃんのこと。
東の雪村家は、人間達の争いに加担することを拒み、滅ぼされた。
その生き残りで、純血の鬼の子孫である千鶴ちゃんが、西の鬼の頭領である千景君に狙われる道理。
「鬼の血筋が良い者同志が結ばれれば、より強い鬼の子が生まれるのです」
「なるほど……嫁にする気か。しかし、そうすると香耶君のことは……」
近藤さんの口から私の名が出てきて、みんなの視線が私に集中する。私は思わず視線を泳がせた。
「千景君は、私のことが特別だと……」
って、なんだこの自惚れ発言。自分で言って恥ずかしい。
いやでも、ほんとにそう言ってたし。
ちらっと視線を上げると、刺さるわ刺さるわ苦々しい視線。うわ、穴があったら入りたい。
ぎりぎりぎり。
「……いっ痛たたたた総司君!? 手ぇ潰れる!」
「あ、ごめんね」
不機嫌オーラ全開で握力を強めてくる総司君。私が何したって言うんだ。
「風間は、必ず奪いに来るでしょう。今の所、本気で仕掛けてきてはいないようですが、遊びがいつまで続くかはわかりません。そうなったとき、あなたたちが守りきれるとは思わない。例え新選組だろうと、鬼の力の前では無力です」
「なあ、千姫さんよ。無力ってのは、言い過ぎなんじゃねえか?」
「新八の言うとおりだ。そいつはちっとばかし、俺たちを見くびり過ぎだぜ?」
「今まで戦うことができたのは、彼らが本気ではなかったからです」
確かに、千景君たちの力は相当なものだ。千姫は理不尽なことは言っていない。
だけど……
「言っておくが……ここは、壬生狼と言われた新選組だ。鬼の一匹や二匹相手にしたって、びくともしねえんだよ」
ああ、やっぱりね。
怒気を孕んだ歳三君の言葉に、私は密かに口角をつり上げた。
「そうですね。こっちだって、泣く子も黙る鬼副長が率いてますからね」
「おまえはひと言二言多いんだよ」
「お気持ちはよく分かりますが……実際にはそう簡単でないことはわかっているのでしょう? ですから、私たちに任せてください。私たちなら彼女たちを守れる可能性も高まります」
「おいおい、決めつけんなよ。俺たちが守れないっていうのか?」
「あんたらの守れる可能性ってなんだ? 確実に守れるって保証がないなら渡す必要はないだろう」
「それよりも……部外者の君が僕たち新選組の内情に、口を出さないでくれるかな?」
千の申し出を、みんなが口々に拒む。千鶴ちゃんはそれを聞いて、ほんの少し、嬉しそうな表情をした。
私はそっと溜息を吐く。みんながこう言うことくらい予想していたからね。
それよりこのぴりぴりした場の空気に、さすがの私もいたたまれなくなってきた。
「困りましたね。どうしても、承知してはいただけませんか?」
そのとき、腕組していた近藤さんが口を開いた。
「……雪村君、君自身はどう思うんだ?」
「わ、私は……まだなんとも……」
千鶴ちゃんは、視線を揺らしながら言いよどむ。
「ふむ、そうか。我々の前では、なにかと話しにくいかもしれないな。千姫さんとふたりで話してくるといい」
「近藤さんっ、そいつは……!?」
意外な提案をする近藤さんに、みんなが口々に異論を唱えた。
「せめて誰かひとり、立ち会うべきでしょう」
「まあ、いいじゃないか」
近藤さんは、幹部たちの顔を見回す。
「この子は、無茶なことはしないよ。ちゃんと道理をわきまえた子だ。なあ、雪村君?」
「はい。みなさんを裏切るような真似はしません」
強い視線をみんなに向ける千鶴ちゃん。
みんなも、近藤さんが言うのなら仕方ない、と納得したみたいだ。
「……って、なんで私には聞かないのさ、近藤さん?」
「うん? 君の答えは聞くまでもないだろう?」
「まあね」
そんな、あたりまえだろ、みたいな顔されると、苦笑するしかない。
「でも、私も同席させてくれないかな。千姫には話がある」
すっと立ち上がった私の手を。総司君が強い力で引っ張った。
「………君は絶対に行かせないよ」
「大丈夫だよ、総司君。私の答えは、聞くまでもないんだからね」
「戻ってこなかったら許さないから」
「ふふ、わかった」
不安そうに私を見上げる総司君の顔をそっと撫でて、頬にひとつ、キスをした。
ピシリッ、なんて空気が凍る音が外野から聞こえた気がしたけど、私は千と千鶴ちゃんを連れてそそくさと広間を出る。
静けさの支配する廊下に立つと、千はニヤニヤとわらって、千鶴ちゃんはキラキラと目を輝かせて私を見上げた。
「……香耶が人前であんなことするとは思わなかったわ」
「香耶さん…」
「うん。忘れようか」
私が恥辱死する前に。
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