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土方歳三side
「薫くーん、またね!」
「ふん。次に会うときはもうちょっとお淑やかになってなよ」
またたく間に浪士三人を地面に沈めた香耶は、用事があると言う南雲を茶屋で見送った。
俺と総司は、野次馬がはけた後も、あいかわらず遠巻きに香耶を監視し、辺りを警戒していた。
香耶は、向こうで転がっている浪士のことなどすでに視界に無い様子で、注文した茶をすする。
ゆったりと雑踏を眺めたままで、誰へともなく口を開いた。
「…はぁ〜、いつまで覗き見してるつもりかな?」
!!
「気付いていたか」
驚いた。一瞬俺たちのことを言ったのかと思った。
そして、なぜか店の中から現れた、風間。
俺が思わず足を踏み出そうとするのを、横にいた総司が、俺の腕を掴んで止めた。
「千景君も桜餅を食べに来たの?」
「酒を飲みに行く途中、茶店の前で暴れている女を見つけて興味を持っただけだ」
「ふぅん。鬼の興味を引くなんてすごいひともいたもんだなぁ」
おまえのことだろ!!
わざとなのか天然なのか。香耶はそ知らぬ顔でのんきに湯飲みに口をつける。
「座らないの?」
「酒を飲みに行くと言ったはずだぞ」
「ひとりで飲むお茶は味気なくて」
「おまえが我々の元に来ればいい。ひと時も離れずに飲ませてやろう」
「たまにはひとりで飲むお茶もいいなぁ〜」
真逆のことをさらっと言いやがった。
「この場でおまえをどうこうしようとは思っていないが、平穏な終わりを望むなら、新選組になど帰るべきではない」
「分かってるよ。でももう決めたんだ」
香耶の強い視線は、風間をしっかり見据えた。
「ここより平和で豊かな世界なんて、実はいくらでもあるんだよ。
でも私は行かない。この世界に…この時代に生きると決めたから」
「だから関わることをやめない……か」
香耶は表情を緩める。
「もう時渡りはしない。でも新選組に飽きたら、千景君のところに行っちゃうかもね」
「ふっ。当分は先になりそうだな」
──あいつらは見ていて面白い。
風間は鼻で笑ってそんなことを言い残し、雑踏の中へ姿を消していった。
香耶はゆっくりと伸びていく建物の影を暫し眺め、湯飲みに残った茶を一気に飲み干す。
椅子から立ち上がり、腰に刀を差して、ひとつ背伸びをした。
「ん〜……さて、帰ろうか。総司君、歳三君?」
「「!」」
今度こそ名を呼ばれ、驚いて息を詰めた。
総司は苦笑して路地から姿を現す。香耶に駆け寄って、その身体に抱きついた。
「むぁっくるし…」
「飽きさせなんかしないからね、香耶さんっ……!」
「はぁ…ったく、いつから気付いていやがった」
俺も諦めて出て行った。駄々をこねる総司を香耶から引き剥がす。
「河原にいたときかな。なんだか動揺した気配を感じたから」
「なんだと? じゃあずっと気付いてたくせに後をつけさせたってのか」
「いつ話しかけてくるのかなーと思って。あはは」
「てめえ……いい度胸だ」
「こんなところで怒鳴らないでくださいよ。気付かれてたことに気付かなかった土方さんの不覚なんだから」
「てめえも一緒だろ!!」
結局、俺がこの似たもの夫婦を追いかけながら、三人で屯所へと帰り着いたのだった。
屯所にいた隊士に先ほどの浪士を回収しに行かせ、この一件は終わりを向かえた。
斎藤と平助のことは、今回は見なかったふりだ。
だがな香耶。てめえは自分で思ってるほどどうでもいい存在じゃねえんだよ。
少なくとも、俺も総司もおまえを見ていつも冷や冷やしてる。
だからな、もっと俺たちのこと、
頼れよ。
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