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土方歳三side
穏やかに会話する香耶と南雲の前に、突然三人の人影がさした。
立ちはだかったのは浪士たちだ。
「悪いが、俺らと来てもらおうか」
「「は?」」
香耶と南雲は顔を見合わせる。
男たちは二人の娘を品定めするように見回して、にやりと薄気味悪く笑った。
「……薫君、どう思う?」
「行く必要なんかないよ」
「ふむ。じゃあ倒していいのかな」
「倒……俺は出来ればこの姿のときは騒ぎを起こしたくない」
「あ、そっか。じゃあ穏便にいくしかないかぁ」
「なんで初めからその選択肢を選ばないんだよ…」
ひそひそと小声で話しこむ二人に、男たちは割り込んで声を荒げた。
「貴様ら、俺たちにたてつけば娘とて容赦せんぞ」
「さあ、立て!」
浪士の一人が香耶の腕を掴もうとするが。
どうやったのか、その手をするりとすり抜けて、南雲を庇うように浪士の前に立ちはだかった。
「香耶さん…」
「危なくなったら助けてね〜」
香耶は後ろ手に、長椅子に置いたままの自分の刀を指差した。
南雲はそれを見て、香耶の“狂桜”にそっと手を置き引き寄せる。
隠れて様子をうかがう俺たちには、その様子がすぐ分かった。
俺は思わず舌打ちして小声で呟く。
「……あの馬鹿は一体なにするつもりだ」
「さあ。……あんな雑魚、香耶さんの敵じゃないと思いますけどね。でも穏便に行くって言ってるし、逃がすつもりかな」
そう言いながら総司はすでに刀を抜く気まんまんだ。あの浪士どもがもう日の目を見ることは無いだろう。
俺に異存はねえけどな。やっぱり後をつけてきて正解だった。
目の前に立った香耶を、浪士は勝ち誇ったように見やった。
「ほう、あんたは腹くくったのかい」
「あはは、君たちのために? 冗談。くくる腹がもったいない」
「な、なに?」
「……喧嘩売ってるのか、貴様!」
「おつむが弱いねぇ。喧嘩売ってるのは君たちのほうでしょう。
どーせジリ貧浪士が食うに困ってひっかけた女を輪姦(まわ)して売っぱらうあこぎな商売でもやってんでしょうが今日私に声かけたのが運の尽き。今ここで君たちの大事な髷とアレをちょん切って侍も男も辞めさせてやるよ」
「「「な…っ!?」」」
「いいぞお譲ちゃん!」
「がんばれー!」
ずいぶん外道な啖呵を切ったもんだが、見物していた町人からは声援が飛んだ。
「……帰ったら説教だな」
「必要ありませんよ。香耶さんは僕が躾け直しておきますから」
「しつけっておまえ……」
総司に任せておくと直るもんも直らねえ気がするんだが。
だが最近、京の市中で若い女が誘拐される事件が頻発してるのは本当だ。
ひょっとして香耶は、知っててやってやがるのかもしれねえ。
あの浪士どもは叩けばまだまだ埃が出てきそうだ。
「そろそろ止めに行きますか」
「しょうがねえ。殺すなよ総司」
「ちぇっ。わかりましたよ」
「貴様、これ以上我らを愚弄するならこの場で斬って捨てる!」
香耶の目の前にいる浪士が、怒りに任せて刀を抜いた。
それを合図に、俺たちは刀に手をかけ影から飛び出した。
しかし。
「あははははははは」
くだんの酔っ払いは、笑いながら目にも留まらない速さで浪士の一人の懐に入り込む。
鳩尾に肘を叩き込み、男がくぐもった声をあげてうずくまったところを、後頭部に膝蹴りを入れて沈めやがった。
「これのどこが穏便だよ!」
「え? だって斬ってないじゃない」
南雲は頭を抱えた。
対照的に見物人は大盛り上がりだ。出て行こうとした俺たちの姿は、野次馬に阻まれて、香耶からは見えないらしい。
「やるなぁ香耶さん。惚れ直しちゃった」
「よーくわかった。てめえに躾なんかさせてたまるか」
こんな戦闘狂に香耶をまかせてはおけねえ。
香耶が総司になっちまう。
……手遅れのような気がするのは、この際考えねえ。
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