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土方歳三side
「香耶君が皆の日ごろの労をねぎらい、このように花見の席を設けてくれた。今日は好きなだけ飲んでくれたまえ」
「あ、千鶴ちゃんのお手製弁当もね〜」
近藤さんと香耶の音頭で花見の宴が始まった。
西本願寺の桜は満開に咲き誇っている。
その桜の木の根元に毛氈(もうせん)を敷き詰めて、重箱をつついて酒を飲む。
「へぇ、これ、結構高いお酒じゃない。よく土方さんが許してくれたね」
「しっかり根回しまでしてやがったんだよ。こいつは」
「あはは」
香耶は俺にまで内緒にして宴会の準備をしていやがった。
「いいではありませんか。香耶君のお金なんですから、香耶君の好きに使えばいいんです」
「敬助君、話せる〜」
そう。これは香耶が羅刹に襲われたときに流れた、大量の黄金だ。
しかも、いつのまにか山南さんと雪村を味方につけていたものだから、俺も了承せざるを得なかった。
「千鶴も、よくがんばったな」
「いえ……すこしでもお役に立てればと思って…」
「これで綺麗な姐ちゃんが酌してくれたら、言うことないよなあ」
「へぇ。そこまで言うなら芸者さんを呼んであげてもいいけど、君の名前でツケさせてもらうよ。新八君」
「い、いや遠慮しとく」
……まったく。
しかし、こうしていると懐かしい記憶がよみがえる。
試衛館にいた頃は、こうしてよく花見という名の宴会をしたもんだ。
あの時は居た斎藤や平助は、今はもういないが…
「香耶さーん、酔っちゃった。膝枕して?」
「馬鹿野郎。てめぇはその辺の石でも枕にしてろ」
「なんですか。ひがみは醜いですよ土方さん」
「てめえが一合程度で酔うわけねえだろ。魂胆が丸見えなんだよ」
こいつは見せ付けたいだけだ。俺に。
しかし香耶は絡んでくる総司を気にすることもなく、いそいそと自分の膳を片づけて立ち上がった。
「私ちょっと出かけてくるから。ごめんねー」
「「は?」」
そして颯爽と場を離れてしまった。
桜柄のふろしきで包んだ酒瓶を手に。
あいつ……誰に酒なんか届けるつもりだ。
最近は街中でも物騒になった。女がひとりで出歩くのはいただけない。
「ふぅん……」
唖然としていた総司がにやりと笑って立ち上がる。
「おい。どこに行くつもりだ」
「厠ですよ。土方さんは僕が用足しに行くのにも目くじら立てるんですか?」
「ほぅ、よく言った。なら……」
俺もその場で立ち上がる。
「俺も厠だ。文句ねえだろ」
そう言うと、総司は微妙に表情を歪めた。
さて、香耶の後をつけるか。
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