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沖田総司side
土方さんは、眠っている香耶さんの枕元に腰を下ろす。
彼女の口の端に痣が残っているのを見て、顔をしかめた。
「ったく、なにやってやがんだ」
「……すみません」
僕の言葉に、土方さんは目を丸くする。
「おまえ…」
僕がこの人に素直に謝るなんて、普通じゃありえないからね。
「僕は今回、いてもいなくても一緒だった。こんなことなら一番最初に止めてればよかった」
「おまえだけのせいじゃねえだろ。俺たちも、そしてこいつも自ら招いたんだ」
「わかってますよ」
それは正論。
でも、今僕がそれにすがりついたら、いつか必ず取り返しがつかなくなる。
そんな気がする。
たとえばあそこで、ほんとに香耶さんが犯されていたら。
香耶さんはそれでも、君のせいじゃないよって、微笑んでくれただろうか。
「僕は許せないんですよ。良かったって、仕方なかったって、自分に言い聞かせてる自分が……」
うつむいて、握り締めた彼女の手を見る。
「助けなくちゃならなかったんです」
あれ、この言葉……どこかで聞いた気がする。
(私は誰も憎まない。憎むとすれば、ただ自分だけ)
僕の、大切な。
(だから私は、救わなければならなかった)
同じだ。
(その義憤も、怨嗟も、絶望も。喰らい尽くして、力にして。そうやってしか生きられない、本当の化け物に、ならないように)
同じなんだ。
守りたくて、守れなくて。それでも彼女は前を見て。
(大丈夫だよ)
声が、聞こえた。
「ゆるして、くれるんだ……」
どこまでも、やさしい声が。
僕の背中を押してくれる。
彼女の指先に、ぽたりと雫が落ちた。
「総司……」
はらはらと。熱い何かが頬を伝って。
あふれて。とまらないよ。
僕は、香耶さんの掌にそっと口付けして。
その手を離して、布団の中に戻した。
そして濡れた顔を袖でごしごし拭って、はあ、と深く息をつく。
「よりによって土方さんの前で…」
「てめえは一言余計なんだよ!」
土方さんは、僕に手ぬぐいを投げつけて、その場を立つ。
「雪村が帰ってきたら出て行けよ」
「わかってます」
そうしないと香耶さんも怒るからね。
僕はふすまの向こうに消えていった土方さんの背中を見ながら、その手ぬぐいで鼻をかんでやった。
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