103

月神香耶side




千鶴ちゃんたち、うまくやってるかな。

苦しい帯と、酒の匂いに当てられて、頭がぼうっとする。
千景君が杯を傾けるたびに、白い咽が上下するのを、私はただ見つめていた。



「どうした」

彼の手が私の頬に触れる。
しっとりと見つめ合って。

ここはなんて綺麗な世界。
美しく、きらびやかで。
儚くて。憂い。

私は酔ってるのだろうか。
今日は飲んでないのに。
……この、花街の空気に。


「脱げ」

「……は、え?」

その声に、私ははっと我に返った。言葉の意味を理解して、目の前の男を警戒する。

「えっと……一応聞くけど、なんで?」

「勘違いするな。苦しいのだろう」

たしかに、苦しい。帯と、伊達締めと腰紐が。菊ちゃんがぎゅうぎゅうに締めてくれたから。

「身体が火照っている。このまま倒れてもいいのか?」

「千景君……」

彼は心配して言ってくれていた。
先ほどから私の頭がぼぉっとするのは、帯のせいだったようだ。

「で、でも取っちゃうともう一人じゃ着れないんだけど」

「おまえがここで倒れれば、次に俺がどうするかわかるか?」

「……放置?」

「脱がせて持ち帰る」

それは困る。



「はぁ、仕方ない。とりあえずこの重たい帯は取ろう。……あの、手伝ってくれない?」

「………」

その言葉に少し躊躇するそぶりを見せたが、やがて手を貸してくれた。
締め付けから解放された私は、大きく深呼吸して身体を伸ばすことができた。

「あー、楽っ」

そんな淑女らしからぬ振る舞いも、千景君は目を細めて眺めていた。


そのとき。


隣室が急に騒がしくなった。
ざわりと感じる圧迫感。そして、殺気。
千景君も、杯を置いた。

「……新選組か」

「あ、やっぱり気づいてたか」

「ふん、俺を誰だと思っている」

はいはい。風間千景様ですよね。
私は廊下側のふすまをそっと開けて、外を覗き込んだ。
ちょうどそのとき、目の前を、千鶴ちゃんの手を引いて走る、烝君の姿が横切った。

「わぁ、青春だ」

思わず身を乗り出すと、あとからそれを追ってきた浪士が怒鳴る。

「邪魔だ!」

「いっ…!?」

がんっ、と音がして。
私は顔にエルボーバットをくらって畳の上に昏倒した。

一瞬意識が飛んだがすぐに覚醒する。目を開けると行灯の明かりが消えていて、外からの明かりだけで部屋は薄暗くなっていた。
ゆらり、と千景君が、離れたところで不気味に立ち上がる気配がする。
数人の浪士たちが、逆光の千景君の姿に気づかず、私の回りに集まってきた。

「この女…」

「見ろ、白月だ」

白月は私の昔からの源氏名だ。


私は口の中の血の味を、苦い顔で飲み下す。体温から離れなければ血は黄金にはならない。
それに口内の切り傷ならすぐに治るはず。でもそれまでは口を開けられない。
血が落ちないように口を押さえて後ずさった。
しかしにわかに助兵衛心に支配された浪士たちは、私の心中など知らずじりじりと詰め寄ってくる。


嫌だ。背中に酷い悪寒がする。


と、気づけば、その後ろから別の気配と疾走する足音。
ぱんっ、と半分開いたふすまがけたたましい音を立てて開いた。


えっ、嘘。


このすごいタイミングで現れたのは、額にびっしり汗を浮かばせた総司君。刀を預けなきゃならないはずの揚屋に、しっかり菊一文字を携えて。
彼は部屋の様子を一目見て、私のピンチ具合を察したらしい。

「……間に合わなかった? もう辱められた?」

おいこら君はなんてことを訊くんだ。
私はその問いに、ぶんぶん首を横に振るしかできない。


そこに。


どがん、と轟音を立てて、一番近くにいた浪士が吹き飛んで壁にめり込んだ。

「この女に触れることは、俺が許さんぞ」

うわぁ。千景君が怒ってるよ。まさに鬼の形相。
彼にぶっ飛ばされた仲間を見て、さあっと戦意喪失する浪士たち。


「ねえ、この子殴ったの誰? 楽には死なせてあげないよ」

怖っ!
総司君までガチだ。
この稀代の剣客たちの殺気に、敵だけじゃなく私まで身震いした。

……とりあえずこれはあれだ。
新選組の沖田総司と、西の鬼の頭領、風間千景。
夢の共同戦線。だよね。

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