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月神香耶side



「準備できましたえ。月の女神、白月の再来どすなぁ。さ、みなはんのとこに行きましょか」

「着物も簪も重い。肩痛い。もう脱いでいいかな」

「なに言うとるんどす。千鶴はんはもう行かはりましたえ」

「はぁ。わかったよ……菊ちゃんは怒ると怖いからなあ」

重たい頭を左右に振って、私は控えの部屋のふすまを開けた。



「――あれ、総司君。なんでここにいるの」

「香耶さん……」

開けたふすまの正面の壁に、総司君が寄りかかって待っていた。
彼は私を認めると、目を大きく見開いて、私の姿をまじまじと眺める。

「あはは、言葉も出ないくらい可笑しいかな?」

「……綺麗だよ。誰にも見せたくない」

「え…」

彼は私の手をとって、指先にそっと口づけする。
その艶やかなしぐさに私はどきりとして、一気に体温が上がるのを感じた。

「薄化粧なんだね。赤くなったらすぐわかるよ」

「っ!」

ばっと両手で頬を押さえる。
その隙に、総司君はにんまり笑って、私の身体を抱き上げた。

「ちょ…ちょっとちょっとぉ!?」

「君菊さん。月の女神は僕がもらっていきますって、新選組の副長に言付けておいて」

「沖田はん!」

そのまま総司君は走り出した。




庭園に出て、池のほとりの飛び石の上に、ようやく私を降ろした。

「もう。総司君、無茶するんだから」

「びっくりさせてごめんね?」

総司君は、私の崩れた帯を軽く整え、落ちそうな簪をすっと取る。
そして、深緑の瞳が私の顔を覗き込む。まるで懇願するような表情で。

「ねえ、香耶さん。……行かないでよ。密偵なんて」

「それは……だめ」

「……だよね」

はあ、と短くため息を吐き、簪を挿しなおして身体を離した。

「僕は君のことが心配なんだよ。心配で、心配で…気が狂いそう」

「総司君……」

「もし、君に何かあったら、僕は島原を滅ぼしちゃうかも」

「滅ぼすって」

「大袈裟な話じゃなくてさ。覚えておいてよね」

「……わかった」


わかったよ、総司君。君の心配が。


「昔やったことあるからって、油断しないで」

「うん」

「無理しないでね…」

「うん」

彼の大きな手が、私の頬を包む。
そっと顔が近づいて、私は目を閉じた。



そして。

「総司ぃ!! てめえ、戻ってきやがれ!」

「うわ!?」



歳三君の怒鳴り声が、空気を震わせた。

「ちっ。君菊さん、仕事が速いな」

「びっくりした……」

見上げると、二階の窓からこちらを見下ろすみんなが見える。

「香耶君、あでやかに仕上がったじゃないか」

「くっそう、いいよなあ。可愛い芸者と秘密の逢瀬」

「新八っつぁんには一生無理だと思うけどな」

がやがやとうるさい外野を見ていると、くすりと笑みがこぼれる。

「総司君。私…」


私、幸せだ。


「……香耶さん?」

守りたい。みんなを。君を。そして、自分の幸せを。
だから。


「がんばるよ」


私は笑って、足を前に踏み出した。
その後私と千鶴ちゃんは、千たちに連れられて島原に向かうことになるのだった。

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