西野空




バレンタインという一大イベントに備えて、しっかりと準備を怠らずにしてきた私が当日、宵一がクラスの女子のチョコを突き返して「僕さぁ、チョコ苦手なんだよねぇ〜」などと抜かしてヘラヘラ笑っているのを目撃してしまった。以前、見かけたときはココアなど甘いものを啜っていたのでてっきり平気だと思っていたために、聞いていないよ!そんなこと!と叫びそうになってしまった。私の準備期間は全て無駄だったということになったのだ。すっかり、意気消沈してしまった私の前に宵一がやってきた。ちょっと疲れたという顔をしていたが、もう用事はすんだらしかった。



「あれぇ、名前ちゃん。元気ないじゃん、どうしたのぉ?」
「……宵一がチョコ苦手だって知らなくて、持ってきちゃった」
宵一が驚いたように「え?チョコ?嫌いじゃないよ?」おどけて言って見せた。その様子は私を慰めるためとかではなく本当に、苦手じゃないといった感じだった。
「え、でもさっき……」
見たことを指摘すると宵一が「見ていたんだねぇ」苦笑いを浮かべた。なんだか含みを持たせた言い方だった。よくわからずに、目を瞬いて宵一の本心を探ろうと「どういうこと?」と当たり障りのない疑問を口にした。
「最初は名前ちゃんを嫉妬させてもよかったんだけどぉ、僕も名前ちゃんから以外はいらないと思ってさぁ、受け取らなかったんだぁ。でも、本当のこというと面倒でしょ?」



だから、当たり障りのない回答で濁したんだよぉ。此処まで言われて宵一が、わざと返していたんだとわかった。面倒くさい、などというところが宵一らしいなぁって思いながら、席についたまま苦笑した。
「ていうかぁ、僕甘い物平気なこと知っているでしょー。名前ちゃん」
「万が一ってこともあるじゃない。宵一が無理していたとか」
「あー……あり得ないから、そういうのぉ。僕って基本的に自分の嫌なこととか絶対にしないからさぁ。だから無理とかもしないし、嫌いな物は普通に残す……あ、名前ちゃんのからは別だよぉ。名前ちゃんからのだけで僕いいからさぁ」
だから、はい。両手を私の前に差し出して何かを催促する。此処、教室内だから宵一の折角の嘘もばれるよ。




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