第五夜




寂しい。……独りは嫌だ。声がする、誰かがすすり泣くような声。切なげな、声音。……徐々に光に慣らすように瞳を開けると、視界が開けた。暗い……灯りの灯らない部屋、玉座の近くに蹲った甘寧が一人。「寂しい、」大よそ大の男が、言う台詞ではなかった。いや、甘寧は私の知る限りこんな男ではなかった。少なくとも夢の中の甘寧は。……早い話、生きているという事は、どちらも夢だったのだ。「甘寧」「……小娘。私の妖術から脱するとは……」玉座に腰かけているのは屍だった。そして、今まで私は妖術でずっと夢を見ていたのだ。どちらも、正しくない夢を。どちらも、現実味の帯びた夢を。覚醒した今、握られている大剣はだらしなく、ぶら下がっているだけで戦意は沸いてこなかった。再び妖術をかけられることを恐れて、私は睥睨しながら、間合いを取る。「また、夢を」「よせ、張角。もう、いいんだ。俺たちの負けだ」「しかしっ!それではそなたがっ……」



その言葉を皮切れにどんどん本物の記憶が、甦ってきた。此処に来た目的は悪逆非道の限りを尽くす殿様を倒す為。怒れる国民の一人として立ち上がり、此処まで来たのだ。だが、此処にいざ来てみれば、居たのはその息子の甘寧と張角の二人だけだった。何人も此処に来たきり帰らないと噂だった。だから、腕に自信のあった私こそがと名乗りを上げ、乗り込んだのだ。そして、この部屋へ入った瞬間に不意を突かれ妖術をかけられたのだ。そう、殿は既に死んでいた。腐敗している様からして、幾らか時が経っていることは窺えた。恐らく帰ってこられないものたちは夢を見続けているのだろう。永遠に醒めない夢に幽閉され何れ死に至る。私が醒めたのは偶然でしかなかった。「甘寧、殿は」「……死んだ。俺を残して。城に居た奴らは親父のやり方に耐え切れずに反逆してきた。そして、親父が殺された。だから俺が俺を殺そうとする奴らを殺すしか無かった……」震える声、夢の中の甘寧は覇気に満ちていたというのに。まるで怯えた小動物の様だ。



「今まで張角の妖術で俺と二人生きてきた。だけど、夢から醒めたものは一人も居なかったぜ……」主の気持ちに呼応するように、鈴がチリリと頼りなさ気に揺れ、音を立てた。「……もう、うんざりだ」「甘寧……お前は、殿と違う。お前は……悪くない、」そう情けをかけるように言った。実際問題、私でなければ甘寧を殿の息子として処刑するものも居ただろう。だが、……今までの悪逆非道の政治は殿のしたこと、息子の甘寧には関係のない物だ。「お前に罪はない。私と、行こう……張角、お前も、何処かへ逃げるんだ」私のすることは間違いかもしれない……だけど、私の知っている甘寧は強くて何処までも男気に溢れた男だった。夢だったが……。



星ひとつ瞬かない夜に城を抜け出した。張角とは別行動だ。万が一見つかって全員処刑など笑えぬお仕舞にはしたくなかったのだ。チリリ、チリ。私に手を引かれ、当ても無い旅に出る。これは私の自己満足だ。ずっと一人ぼっちで身を守ってきた、甘寧。私は問う。「甘寧、夢の中のお前はそんなじゃなかった、もっと熱い闘志を持っていて、男気に溢れていて、何処までも強かった。本来のお前はそんなんじゃないだろう?!剣を取れ」甘寧の手を離し、身を隠していた森で己の獲物を構える。「言っておくが私は全力でかかるからな!」甘寧はそれに瞳に光を灯さずに獲物を構えた。「……、上等だ」月も厚い鼠色の雲に隠れ暗い中、それは静かに始まった。ガキィン!刃と刃の交わる音。甘寧の実力はやはり夢で見た通りだ。あの妖術は、きっと真実も映していたのだろう。



大振りのこれは、一撃で仕留める為の物で長期戦には向いていない。甘寧が素早く身を後ろへ後退させ、次の攻撃の準備に入る。殺す気はない、ただ、この男の本当を見たいのだ。……来る!武人の本能なのだろうそれを受け流す。「がっ!」左腕に痛みが迸る。どうやら掠めたらしい。血が溢れている。だが、これでいい。……これでいいんだ。この男の目を醒ますだけの力はある。甘寧は目を見開いて、駆け寄る。「おい!冗談だろう!?」「あはは、やられたな。そうだ、お前は強いんだ。そして、二つの夢の通りだ……、私は二つ夢を見ていた。妖術によって。その両方で、私はお前に左腕をやられていた」これはきっと偶然なんかじゃない。「……生きろ!その腑抜けた根性を叩き直せ!しけた面をするな!!」一喝すると甘寧の瞳に光が灯った。


戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -