無機物になれない僕達



事実、俺は逃げているだけなのだ。彼女の「好き」という言葉から、逃げているだけなのだろう。俺に惜しげもなく差し出してくる、愛の言葉が信じられないわけではないし、俺は名前が嫌いではない。寧ろ、好きだ。自分から言葉にするのも行動するのも、どちらも苦手で俺は彼女に自分から一度も答えを出したことがなかった。そんな日々がもちろん、永遠に続くわけもなく。終焉へと近づいていた。どちらか片方だけの一方的な関係なんて、そんなものだ。双眸に俺を映した、名前の唇が「速水、好きだよ」って作った後に、口を一度噤んで瞳をゆっくりと伏せた。帰り道、誰もいない場所。アスファルトに響く足音が止まった。



何度も何度も、名前から聞かされてきた言葉だった。ただ、今日は少しだけ違った。寂しげに瞳を歪めて、泰然とした態度を崩さない。太陽が傾き、俺は俯いた。何も言えない。「俺も、好き」の言葉はあまりにも重たい。俺が無言なのを名前は勝手に解釈したらしい。「ごめんね。迷惑だよね……速水は優しいから、傷つけないように私に何も言わないんだよね……」「違う」という否定の言葉は、喉まで出かかっているのに結局言葉になんかならない。あの時も、その時も、大事な時はいつだって。俺は流れに身を任せ、全てを諦めていただけに過ぎない。もう背中を向けてとぼとぼと歩きだしている、名前。



逃げちゃ駄目だ。此処で逃げたら名前とは永遠に話せないかもしれない、学校であっても知らない人みたいに、居ない人の様に扱われて、それで終わり。それだけの話。嫌だ、そんなのは!「あのっ……!名前……っ」掠れた声は上ずっていて何処か現実味のない白昼夢を見ているかのようだった。「はや、み?」振り向いた瞬間に俺は走って間合いを詰めた。走っても息がきれず、早く走れるのは俺の唯一の得意な事だった。あんなにも、ずっと直向きに俺へ向き合っていた、名前へ俺の本音を告げた。



「俺も好き、だよ」顔を見られたくなくてガバリと抱き着いた。鼓動がお互い早くて、名前は硬直していて、様子はわからないけれど、この顔の火照りも、逸る心臓の音も決して偽物なんかじゃなくて、ああ、俺はずっと前に名前に好きと言われた時から好きだったんだ。と気付かされたのだった。そんな逢魔が時。


Title カカリア

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