見え透いた青



嫌だな、って思った。彼の瞳が嫌いだった。何かを映している時も仄暗いハイライトの入っていない瞳は何処までも澱んでいて、暗い濁った池を連想させる。だから、隣の席に成った時内心ではゲ、って思ったものだ。何を考えているかわからない、彼はモテるし。ああ、何かと頭もいい。彼が珍しく、教科書を忘れたらしい。ああ、嫌だな。なんて内心思いながら、私は少し身を離しながら、机をくっ付けた神童に教科書を見せた。この通り、神童が苦手な私は茜にでも席を譲ってやりたかった。実際に持ちかけたことがある。「茜、神童の隣はどう?私、もっと前の席がいいの。丁度茜の席のようなところがね」そういうと茜はううんと横に首を振った。何が気に食わないのだろう。憧れか恋かわからないが、その感情のままに動けばいいのに。「だって。しん様はずっと」その先の言葉は紡がれることはなかった。



神童と言う男は完璧にほど近い男であった。だから、忘れ物をするというのは珍しい事だった。今度は筆記用具を忘れてきたらしく私が嫌々ながらシャーペンと消しゴムを貸してあげたのだ。うっとりとした恍惚の表情でそれを受け取り、安物のそれで黒板の文字を映していく。悄然なその瞳だけが、恐ろしく感じる。次第に、忘れ物の回数が増えて行ったが、私はそれをわざとだと見抜くことが出来た。完璧に近い人間がそうそうそんなおっちょこちょいをするだろうか?否、わざとなのだ。懊悩する私に今日も貸してくれとせがむ神童。この図式にも慣れてきた。



私はその日の放課後に神童を呼び出した。神童は愁眉な様子で、そわそわしていた。誰も居なくなった、教室の片隅、椅子を引いて座る。「神童」呼びかける。嬉しそうに口元が事を描くそれに、喉元に何かが痞えた。「どうして、わざと忘れ物をするの?」それを聞いた瞬間、神童がびくりと体を震わせた。覚えがあるらしい。そして、やはり、わざとだったのだと疑惑は確信へと変わった。神童はすっかりと肌色を悪くさせて宿痾にでもかかっていたかのような病人の様な色をしていた。「どうして?」再度尋ねる。「あ、俺……」そこで痞えた。ギョロギョロと視線を彷徨わせている。どうして?って尋ねただけなのに此処まで挙動不審になるのか。と呆れ半分と恐れ半分。きっとこんな神童を他の女子は誰も知らないだろう。皆が知っているのは太陽の元、サッカーボールを蹴り華麗に神のタクトで皆を指示する神童だ。



じゃぁ、目の前の神童と似た背格好をしているのは誰だ。一体誰だ。彷徨わせていた視線は私へと真っ直ぐ向けられていた。そして、漫ろ笑みを浮かべた。ああ、嫌だ。またあの目をしている。「神童、迷惑なの。私は他の女子と違って貴方が苦手なの」そう言った瞬間に神童の悄然とした瞳が不安や切なさに揺れた。「俺、苗字が……気に成って」段々と涙が溜まってゆき遂に、瞳から涙が零れた。縁どられた睫毛にも雫が乗っかり、夕暮れの茜色に輝いた。気に成って、それ以上の言葉は紡ぎだされなかった。嫌だった、嫌だった。その目で見ないで欲しい。嫌だ嫌だ。何で嫌なのかを考えた。



グルグルと思惟に耽っていれば、不意に答えに行きついた。その瞳。嫌だと思っていたが。ああ。そうこの瞳は、私を。貪欲に求めている瞳だ。好いているとかそういう生易しい物ではないのだ。ああ、嫌だな。きっと、私から興味が外れれば神童のその瞳も嫌わずに済むのかもしれないのに。ああ、嫌だ……。どうすれば、この瞳から逃げられるのだろうか。

Title エナメル

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