星を飼う為の水槽



そんなに哀れまないでよ、これは確かに手詰まりだけどね。そんなに悲しまないでよ、セカンドステージチルドレンとして生きるのならば、これは当り前の事なのだから、ねぇ、ワクチンが効かない、体質だなんて、あり得ないよね。うん、私もそう思う。私だけ例外だって、おじさんたち急いで新しいワクチンを作っているけれどとても間に合いそうにないや。揺らぐ声に、私はぼーっと天井を見上げた。使える筈の超能力だって、衰えちゃって今じゃテレパシー使うのがやっと。ねぇ、私の腕細くなっちゃったね。腕に刺している針がね、痛いんだ。「ねぇ、ロデオ」「んだよ」「泣かないでよ、」そんな今にもパタリ、涙を零しそうな顔をして私を見つめないで。ロデオだけでも、ワクチンが効いたこと私は嬉しいの。私みたいに死ななくて済むんだから。ねぇ、笑って。口の端を無理やりに持ち上げた泣き顔のロデオを目に焼き付けた。



ロデオは外に出ない。私の病室に籠りきり、私は動けない体で病室の外から人工的に植えられた植物に目を細めた。もう、何もこの手は破壊できない。だから、おじさんたちも、此処をせわしなく行き来する、看護師さん達も私を嘲ったり、今までしてきた酷い事を責めたてたりなんかしない。その代り憐憫の視線が突き刺さって、精神を病みそうに成った。一々優しい世界に出来ていない。どうして?とか何で?とか、言葉はいくつも泡沫の様にパチリパチリ。弾けて消える。まだ、死を受け入れられない。あともって、数日の命です。って、余命宣告を受けた。先生はまだ、十代前半の私を見て、淡々と言った。それはお仕事だから。……何より、これから最後の最後まで生きるのに、後悔を残して欲しくないからだと思う。私が相手の立場だったらなんて声をかけただろうか。きっと使い古された陳腐な言葉しかかけられないだろう。そして、それはとても“不快”だ。まるで、騒音、雑踏。



食事を受け付けなくなってきた。病院食はただでさえ、不味いと思うけれど、それでも食べていた。少しでも長く生きる為、少しでもロデオと居るために。シャリシャリ、シャリ。林檎を不器用に剥いてくれたロデオに「兎さんにして」って不器用なロデオにお願いした。「はいはい、わーった、わーった。これで、満足か?」これまた、何の生き物なのか分からない、細工された林檎を口に含ませた。何とか無理やり食べて見せて、ロデオを安心させる。日に当たらないせいで、青白くなった肌、痛々しい注射の跡。何度も試されるワクチン。もう、生きられないね。生きたいな。生きたいな。ロデオと一緒に、何処までも広がる世界を巡れたら。


巡る、巡るよ、思いは巡るよ。世界の果てが見たいって、言ったらきっとロデオを困らせる。世界の中心に連れて行って、って言ったらきっとロデオは困惑する。だから、私は女の子らしく最後のお願いごとをするの。もう喋りたくても喋れなくてコードだらけの私、もう食事は摂っていない。最後に食べた林檎のフレッシュさとあの不格好な兎さんを思い出しながらロデオに微弱なテレパシーを送る。脳に直接話しかける、これが最後に私の出来た超能力の残骸だった。“お花畑に連れて行って。菜の花畑の広がる、場所がいいな。私、菜の花畑が好きなの。綺麗な黄色の絨毯が敷き詰められているようで”そういうとロデオは泣きそうに目を歪めて、涙の膜を張った。そして、コードを全て外して骨と皮だけに成った、私の体を横抱きに病室の窓から飛び降りた。二階だったけれど、見事に着地した。白い病院服がひらひら揺れた。「お前、軽すぎ、骸骨かよ」それから、地を蹴り駆けた。風を感じながらロデオの体に縋った。温かかった。お日さまの匂いがした。土の匂いがした。そして、辿り付いた場所は黄色い絨毯が敷き詰められた、草原だった。“何でこんな所を知っているの?”ロデオは作り笑いで言った。「お前、菜の花大好きじゃん、下調べしておいた」



生身の人間に成ったからきっと夜の間に探したんだろう。私は有難う、って乾いた唇で形造ったが空気が漏れただけだった。“寂しく成ったら、涙は堪えないで。それから、私の好きな菜の花で涙を零して、それから私を忘れて、どうか幸せにね”それが最後の限界の能力だった。それから、大気に溶けて行くように私の呼気は緩やかに成っていき。大好き、って口パクで伝えたの。ロデオの涙なんて初めて見た。嗚咽しながら私を抱きしめて「お前の事一生、忘れない、っ、だい、す、き……だっ!」って。あはは、両想いだったんだ。私は本当に、幸せだなぁ。ザァ、風が遊ぶように吹いて黄色い絨毯を揺らした。巡る、巡るよ。思いは巡るよ、魂もまた、永遠に。輪の中で。

Title カカリア

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