偶像崇拝



私には立派にセインと言う名前がある。だが、目の前の下界の人間は言う。「天使様」と熱のこもった瞳にハートを描きながら、私を見つめる。恋か、崇拝かと問われれば後者に近い。だけれども、目の前の女は私に恋をしているという、臆面なく言う。何で嘘つき呼ばわりするような事を言うのか、彼女は純粋に天使や神を崇拝する信者だからだ。だから、恋をしていると言われてもピンとこないし、きっとたまたま、下界に舞い降りたのがギュエールだったりしたら、きっと彼女はその想いをギュエールに伝えるだろう。それも臆面もなく。私の時と同じように。ただ、出逢うのが私だっただけで。



いつから、私はこんなに貪欲に成ったのだろう。魔界の民とかわりがないじゃないか、名前はうっとりと私を見つめて触れてもいいかと尋ねてきたので、ああ、と返答を返す。その硝子玉のような瞳に純白の羽を映して、壊れ物に触れる様に触れた。それから、ふわふわと弄ぶ。「うふふ、天使様の羽は柔らかいなぁ」恍惚とした表情で私の羽から手を離した。名前は名乗ったことはある。だけど、頑なに呼んでくれはしないのだ。そこにもまた、巨大な壁を感じる。心の距離、いくら触れ合えどもそれは弊害としてあり、退いてはくれない、寧ろ立ちはだかってくるのだ。「セインだと何度言えばわかるのだ」そう言って眉間に皺を寄せれば「名前を呼ぶだなんて、とんでもないです。人間風情が、天使様の名前を口にするだなんて勘違いも甚だしいです」と。私と名前は違う生き物だと思い知らされるのだ。嫌だ、嫌だと心がざわつく。



「呼んでくれないか」そうしたから頼み込めば目をまんまるくさせた、名前の目とかち合った。照れ臭そうに頬を紅潮させて、それから、口をほんの少しだけ間抜けに開けていったのだ。「セイン様」と。それだけで心がぽかぽか温かく満たされていくのを感じる。私は堕天使に成ったかのような気分だった。だけど思うのだ、名前と一緒ならば何処までも深く深く落ちて行ってもいいと。だから、もう天使様は辞めたいのだ。ただの男と女として。初めて作られた人間のアダムとイブの如く。



愛し合いたいのだ。そらぞらしく感じるほどの愛を囁きたい。私だけしか見えないように小細工をしたいのだ。天使として愛されるのはもう、飽き飽きなのだ。もううんざりなのだ。それに気づいていない、名前は未だに愛を(天使全てに)捧げている。祈る様に膝を折って。

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