求刑のホメオパシー



あの子はビッチだとか、女子からの僻みで悪辣な言葉をかけられているけれど、そんなの気にしていませんって言う風に傷付いた顔を仮面に油性マジックで笑顔をかいたかのように張り付いた笑顔を見せつけている。今日も男をはべらせて笑っている。あの子は女の子の友達なんて居ない。事務的な用事しか女子とは話さないから当然と言えば当然なのだ。今日も中庸な日々、空は茜色で西日は眩しくあの子と日直の私はただ事務的に作業をしていただけだった。私は知っている、私だけが知っている。あの子が本当はビッチでも何でもないってことを。ただ、女の子が怖いってことを。それを知らないで、悪意の塊を排気ガスのように吐き出す彼女たちには辟易してしまう。あの子の何を知っているというのだろう。日誌を書き終わって、名前さんの背中に話しかける彼女は黒板消しの粉を払い終わりプリントを整理していた。



「日誌書き終わったの」「そう、早かったね。有難う久遠さん」何処か遠い国の言葉を綯交ぜにしたようにぎこちない。私はこのクラス……学年では大人しい方だから久遠さんって呼ばれるのは別に普通の事だけど名前さんからそう呼ばれるとどうしてか悲しい気持ちに成ってしまう。冬花。別に自分の名前が気に入っているわけではない、ただ、そう漫ろ言の様に呟いてくれれば季節はぐるりと冬から春に変るのに。凍てついた心の扉は、己から行動しなければ溶けそうにない。私が何故彼女がビッチではないと知っているのかとか、どうして彼女が女子に対して必要最低限の事しか接しないのかとか全部全部。私の胸の内ポケットに詰まっている。「じゃぁ、先生に提出して帰ろう」名前さんが、立ち上がって何処かへすたすた行ってしまいそうだったので、その制服の袖を気が付いたら掴んでいた。



名前さんは不機嫌そうだとか不満そうだとかそういう表情は見せないでただ、無に近い表情を浮かべていた。若干の戸惑いは見えた気がするけれど些か定かではない。数秒の無言、カァカァ、鴉の鳴き声に覚醒したように、名前さんがゆっくり視界の片隅、ゆらり揺らいだ。陽炎のように。「なぁに、久遠さん」って、調子はずれの音で、私に問い掛けた。「あの、あのね」言葉にするには難儀だった。何せ、私もあの子と同じなのだ。ただ、行動が違うだけで同じカテゴリーにカテゴライズされるのだから。それを知らない名前さんは、私のしどろもどろの言葉に何処か違和感を覚えたのだろう。掴まれた裾をそのままに私の言葉を静謐な教室の中、何かの置物のようにそこに立つことを義務付けられているかのように屹立していた。そして、嫣然と笑って見せた。



「あのね、私。知っているの」「何を」要領を得ないと肩を竦めて、だけど、じんわりと汗を額に浮かばせてその黒髪を張り付けさせていた。開けていた窓から入り込んだ突風でカーテンがはためいて、茜色のコントラスを描く。伸びる影法師。「名前さんが、本当は女の子が好きだってこと」その言葉に目を剥いて、私を括目していた。そして、何でとかどうして、とか震え呟く声が届いた。そして、名前さんの好きな人の事も知っていた。女子のグループのリーダー的存在のあの子。名前さんの悪口を言っていることも知っている。あの子には成れない、私とあの子は正反対といっても過言ではないのだから。私は、名前さんが好きだから知っていた。「あ、あ……久遠さん……、っ」何をしようとかばらしてやろうなんて気は全く無いのに名前さんはその華奢な痩躯を震わせていた。



裾から手を離して、ゆっくりと両方の腕で拘束するように抱きしめた。私の言葉ですっかりと冷えてしまった体を温める様にゆっくりと、腕に力を込めた。「好きな人も知っているの」「なんで……、」「私が、名前さんと同じ同性愛者だからかな?」瞬間、弛緩した体。ゆっくり頽れそうになるのを抱きしめたまま、呟いた。「私たち付き合わない……?私なら、名前さんが、同性愛者でも軽蔑しない、離れない、絶対に裏切らない」それは呪詛の様だった。そして、名前さんを縛り付けるだけの十分な効力を持っていた。名前さんはただ枝が雪の重みでしな垂れるように、わかりにくいけれど、一度だけ頷いたのだ。私はずるい。名前さんの秘密を握りしめて、名前さんの恋心も殺したのだ、撃ち殺したのだ。懺悔したところで罪の重さには耐えられまい。ああ、名前さんを手に入れた。


Title エナメル

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