やさしい夢を所望します



自傷行為の話。


あいつが何をしているかなんて俺にはお見通しだった。自傷行為、詰まりリストカットをしているリストカッターなのだ。初めてそれを見た時おぞましいだとかそういう感情は一切なく、醒めきった感情でそれらを見ていた気がする。そして、指摘することも無く何も知らない、素知らぬふりをしてやり過ごしたのを覚えている。チキチキチキ、カッターの刃を出して肌に触れてみる。肌が泡立ち、少し力を込めるだけで皮が破け、その部分がへこんだ。そして、血が少しだけ出た。思うに、俺は名前が好きなんだと思う。だから、あの子のあんな部分を見ても何も思わなかった。それどころか、同じところに同じ傷をつけて満足しようとしているのだから、とても、愚かだと思う。



何度傷をそれからつけたかは分からない。ただ、わかるのは、傷は以前にも増して深く成り増えたことだけだ。今日、名前に告白しようとおもうのだ。告白には定番の、屋上に呼びつけてある。俺はただ、心臓を逸らせながら、まるでそこに元からあるオブジェが役目を遵守するように屹立している。世界はジオラマのように神様が手を左右にバラバラに動かせばきっと、破壊されてしまう。そんな気すらした。名前がカツンカツンと足音を弾ませながら、屋上にやってきた。勿論、俺の気持ちなんて微塵にも知らないだろう、何処か病んだ笑顔を見せて「光良君、用事ってなぁに?」なんて、常套句を言うのだから俺は若干心を曇らせながらいつもみたく馬鹿みたいに笑った。「ねぇ、名前が大好きっ!」って、ね。名前は吃驚したように飴玉みたいな目をまあるくしていたけれどクスクス忍んだように笑って、ごめんね。っていった。



名前は俺の本気を知らないからそう言えるんだ。と俺は名前のリストカットで刻まれた傷だらけの腕を引いた。「嫌っ!」拒絶の色が強く出た。だが、俺はそれと同時に自分の刻み付けていた腕を見せつけた。「ほらっ!」コピーって程じゃないけれど、傷の数は恐らく同じだろうし、深さだって、多分もう名前と同じくらいだと思う。名前は目に涙の膜を張ったままそれを呆然と眺めていた。何で?とかどうして?とか当たり前の疑問が頭の中で繰り返されているのだと思う。それもそうか。ちょっと仲のいい男子が同じようにリストカットしていたらどんな気持ちなのだろう?気持ち悪い?変人?わからない、けど。「俺も、痛いの、同じだからっ、それだけは否定しないでっ……!」名前が遂に決壊したのだろう。ボロボロ涙を流しながら「光良君っ、うぅあ、良かったぁ、良かったァ……」と俺に縋りついて幼い子供がわんわん泣く様に泣き続けるのでよしよし、俺だけは全てを理解してあげるからね、名前が辛い分一緒に同じ場所を同じ深さだけ切ってあげる。って耳元で囁いた。そしたらね、名前がうん、って頷いて初めて笑顔を見せてくれたんだ。俺、それだけで幸せなんだ。痛いのなんてへっちゃらだよ。


Title 箱庭

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