くだらない事について



記憶を失う話


あの子が居なくなった。まるで暗雲が立ち込め、深い霧の中を彷徨っているような不安な気持ちに成った。皆に名前の事を聞いてみたら、「帰っちゃったんだね、元の世界に」元気にしているかなぁ、と一番仲の良かった女子が言った。そうだ、元々名前はこの世界の人間じゃなかった。何処か近い時空からいろんなものを超越してやってきたらしかった。最初の頃こそは、困り果てた様に周りの景色など元の世界と比較しては、涙を零しそうになっていたが、それも最初だけで段々と空に溶けていくようにこの世界と調和し馴染んでいった。何故こちらの世界に飛び込む羽目になったのかは聞いたけれど、はて、何が原因なのかさっぱりわからず、こちら側へやってくる前後の記憶は途絶えているらしかった。それなら、余計に帰る手だても無いな、と思ったらしく不安げに顔を曇らせたので、直ぐにま、何とかなるさと誰かの言葉を借りるように言えば、花のような笑顔が戻ったので、俺はそれに呼応するように心臓が痛いほどに一度大きく陸に打ち上げられた魚の様に跳ねて、動いたのを感じた。



異変が起き始めたのは名前消えて、一週間経つか立たないかくらいだった。仲の良かった女子が名前の名をあまり口にしなくなった。何故か聞いたら仲良かったのは覚えているのだけれど、どんな子だったのか思い出せないと呟いて、しきりに思い出そうという仕草を見せた、だけど無駄な非生産的な行動であった。彼女の頭から簡単に名前は追い出せたのかと不思議に思った。部活メンバーに聞いてみたら、「ああ、名前ね」とまだ少し覚えているようだったので安堵のため息をついた。俺はまだ覚えている、失わせやしない。彼女の事を。「……名前、苗字名前」まだ。大丈夫だと不安をかき消すように彼女の名前を唱えて見せた。



名前の事を忘れるのが怖くなって俺は、今までの出来事を書き記し始めた。だが、所々抜け落ちていることに気が付いて、俺は髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟った。俺も忘れ始めている。女子は完璧に忘れていた。部員に、名前の話をすれば「なぁに?星降の新しい彼女?サイクル早いよねぇ。僕にもわけてほしぃ〜」なんて、西野空がいつもみたいにからかいながらけらけら笑うので腹が立って、俺は軽い蹴りをお見舞いしてやった。西野空は、痛がる振りをしながら怖い怖いと言っていた。



名前は、苗字名前、出生地は……何処だっけ。誕生日は……、思い出せない。七夕の日、キスをした。俺の精一杯の告白と思いを込めて、俺の宇宙飛行士に成りたいんだという夢を語った気がする。遂に最後まで覚えていた、喜多も忘れた。「誰だっけ?」とまゆを下げて申し訳なさそうに言った。俺は蟠りを吹き飛ばせずにいた。これで、世界で覚えているのは俺だけに成ってしまったのだ。ぐしゃぐしゃ書き殴るように紙に認めても、現実味のわかない物ばかりだった。これは全て俺の空想だったのだろうか?だって、ほら、周りは誰も名前のことを覚えていない。俺も忘れかけているじゃないか。俺は架空の恋人に逃げているのだろうか?そんな不安すら過るのだから、末期である。思い出せることは今のうちに全て書いたつもりだ。若しも、将来の俺がこれを読んだ時どう思うのだろう?



変な日記のようなものが机の上に無造作に置いてあった。これは、間違いなく俺の字だ。それも、焦りが目に浮かぶ書き殴った暗号みたいなもので沢山書き記されている。その中にいくつも出てきている単語がある。それは、名前……恐らく女の名前だ。だけど、俺の彼女にそんな名前の女は今までにいたっけか?七夕の日にキス?俺の夢か?七夕は今年も、通常通りに行われ、喜多たちと楽しく過ごした気がするのだが。大体、俺の夢はあまりにも子供じみているので夢を語るのは本当に惚れた女だけだと決めている。本当だとしたら、そんなに凄い女だったのか?だけど、記憶の引き出しをどれだけ漁ろうとしても、ロックがかかっているのか、出てきそうにもない資料。俺は諦めてそれを破りぐしゃぐしゃに丸めて、紙屑としてゴミ箱へと入れた。きっと、大したことのない馬鹿馬鹿しい妄想なのだ。妄想も大概にしないとな、


title Mr.RUSSO

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