孤独なシグナル



大好きなあの子は髪が短くて男らしい男が好きだと言った。それではまるで俺は彼女の理想とは正反対の男ではないか。別に性格は女々しいと思ったことは一度も無いけれどもその長い二つに結った髪の毛は時たま女に間違われるほどに男らしさとは無縁の物だった。だから彼女にハサミと言う刃物を渡したのだ。名前を傷つける気は微塵にもなかったし、それで俺を刺してくれとか傷つけてくれとか変な事も頼んだわけではなかった。ただ、少しでもあの子の理想に近づきたかっただけなのだ。そう、それだけ。「蘭丸、」戸惑ったように視線を彷徨わせて、俺に焦点を合わせようとはしなかった。それは恐れや畏怖も含んだ声色と態度だった。名前は明らかに苦悩していた。これから起こるであろう出来事も予測がつかないと言った風で。でも、これは俺なりの流儀なのだ。



「切っていいよ」ほら、髪の短い男が好きなんだろう。思い切ってその二つにむすばさった髪の毛をバッサリと切るといいよ。それで名前が俺の思い通りに好きになってくれるのならば、安いものだ。それなのにどうして、名前は震えた声色で可笑しいよと呟いて何もしてくれないんだろう。ああ、名前は何が心配なんだろう。でも、このままではらちが明かないのは分かっている。俺は名前からハサミを奪い取って、ジャキン。片方の髪の毛を切り落とした。パサパサと音を立ててタイルの上に髪の毛が落ちてピンク色の髪の毛が散らばった。後で片付けなきゃとか思ったけれどそれどころじゃなかった。少々不恰好の髪の毛に苦笑いしながらまた、もう片方をジャキンと切り落とした。また、髪の毛が重力に従って舞い落ちた。それは、一つのアートのようにも思える不思議な模様を作り出した。



「ほら、これでお前の理想だろ。あとは何が気に入らない?」「……っ、」ピンク色の髪の毛は嫌いなのかな。それとも、俺みたいな女と間違えられる男は嫌?そっと不格好に切り落とされただけの髪の毛の先端に触れて尋ねた。名前は顔色を蒼くさせてフルフルと必死な様子で顔を横に振った。足で軽く、散らばった髪の毛を纏めて笑った。「じゃあ、俺と付き合ってくれるよね?」「う、うん……」躊躇いがちに頷いて、俺の顔をまじまじと見つめた。良かった、名前の理想に成れてよかった。



蘭丸がハサミを渡したときに既に嫌な予感はしていたのだ。いうなれば女の勘。馬鹿に出来た物ではない。どうして、あんな突飛な行動に出たのかは、私はすぐには思い出すことが出来なかった。だが、しかし蘭丸が「ほら、これでお前の理想だろ」と言った時にすべてを悟ったのだ。私が昔に友達に対して、髪の短い男らしい男が好きだと言ったことを。これは勿論、上辺だけの理想となるけれども(それも深い意味は無かった)蘭丸はそんなことを知りもしなかった。それでも蘭丸は上辺も中身も私の理想に成ろうとハサミで切り落としたのだ。狂気じみていると思ったし、同時に恐怖もあった。大きなはさみで切り落としたせいで、少々不恰好だったけれど蘭丸は満足そうだった。



私は愛と云う物が霞んでしまうのを感じた。確かに蘭丸の気持ちは全てわからないわけではない。私だって好きな人が、ショートカットの女の子が好きだと言われれば、美容室にでも行って髪の毛をばっさりと切っただろう。だけど、当の本人に髪の毛を切り落とさせようとするものだろうか?可笑しいよ、蘭丸。あれから隣を歩む蘭丸はショートカットのまま、短い髪の毛をふわふわ風に晒している。私は怖いのだ。彼の事が。例えば、私が何かを好きだと言えばそれに染まってしまう気がして怖いのだ。彼がしてはならないこともしてしまいそうで。最終的に本来の蘭丸と言う人そのものを壊してしまいそうで怖いのだ。だから、上辺だけの言葉でいうのだ。「今の蘭丸が私の理想だよ」って。そうしたら、照れたように笑って有難うと言うからそれで安堵するのだ。


title Mr.RUSSO

戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -