不憫なルビー



円夏要素ちょっと、思い出のお話。


あっ、と声を上げた。それは青春の香りと共に、偶然見つかった物だった。あの日の私はそういえば、これを捨てられなくて此処にしまったのだったけか。よく覚えていないのは数年も前の記憶だからかしら。円堂君と結婚するよりも前からある物。傍にいた円堂君も私の声を聞き洩らさなかったらしく、私の手のひらを覗き込む。現れたのは、指輪が入っているであろう小さな箱だ。「……これ、俺があげた奴じゃないよな」円堂君は訝しんでいるようで、険しい表情を浮かべていた。眉間には何本か皺が寄っていて、太陽を彷彿とさせる彼には大よそ似つかわしくないものだと思った。私は言い訳をせずにすぐさまに事実を話した。「これは、名前さんから貰ったの。覚えているかしら、中学の時一緒だった」「ああ!名前か!……って、名前が、なんで?」「仲が良かったでしょう?」「……確かに、いつも一緒だったよな。仲良い女子ってこんなものまで送り合っていたのか」「ええ、そんなところね」



あの日は、太陽が眩しくてまともに目も開けられない程、照っていた夏の日で、アスファルトや様々な場所が蜃気楼のように揺らいでいたっけ。そうそう、名前さんに別れを切りだし、同時にこれを貰ったのもあの日だったけ。「別れましょう」私は雪山が崩れるような脆さと、それから冷たい鋭利な刃物を思わせるような口調でそう言ったわ。きっぱりと、もう復縁なんてあり得ないと。「何で?」「決まっているわ、私たちが一緒に居ても幸せに等、成れないからよ」一生あり得ないわ、そう、日本が地球の裏側まで行くくらいにね。そう言った時の、名前さんの顔を私はカメラではないけれど、永遠に焼き付けておいた。たまに夢に見るくらいに。ああ、人って、絶望したときってそんな顔をするんだって思った。



酷い顔をしているわ、名前さんのそんな顔を見たくないのに、そんな顔にさせたのは間違いなくこの私で。全く皮肉な物よね。私はまだ、彼女を愛していたのに。ただ同性だからと言う理由で切り捨てたのよ。人々からの非難はごうごうでしょうね。愛よりも、何よりも自分の女としての幸せを取ったのだから。正直、名前さんに恨まれて腹を刺されても仕方がないのではないかしらと思っているの。でも、名前さんもまた、愛してくれていたから、それはしなかった。私は毅然とした態度で、もう終わりにしましょうって立ち去ったの。名前さんはかわりに重たい枷を投げつけたの。



「酷いよ夏未。ずっと一緒だと思っていたのに!こんなものまで買って、私、馬鹿みたいじゃないの!」私の背に投げつけて、名前さんは反対向きに走り去っていった。まるで、一陣の風の様だった。私は場所も何もかもを忘れて、それを拾い上げて埃を払った。酷い女だと罵ってくれていいわ。そう、それでいい。その方が気持ちも楽に成るってものよ。だって、この事は誰も知らない内緒の事だったから、誰も私を責めてこないし、それから、名前さんだけが不幸に成っているもの。私は抱きしめ、一歩一歩太陽に向かって歩き出したわ。何度拭っても溢れてくる涙を服の裾で拭いながら。



「元気にしているかしら」「逢っていないのか?」「ええ、逢っていないわ」もう何年かしら。呟くように指折り数えて、そして、それをやめた。どんな顔をしていればいいのかわからなくなったからだ。幸せに成っていてほしいけれどなんて、幸せを願う事すらも私には権利が無いかしら。そうかしら、ね。


不憫なルビー

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