いちごおれんじ!



「木瀧君ってずるいよね」「何がだ?」ころころと小さなレモン味のキャンディーを舌先で転がしながら、苗字が言った。最初は普通のドロップのサイズだったが、舐めているうちにどんどんと小さくなって今では、砕けた欠片と言っても過言ではないレベルの小ささであった。だが、これを与えたと思われる木瀧の機嫌が悪くなってしまうのは仕方がなかった。なんで、飴玉を与えた人間に罵られなければならないのか。甚だ疑問であった。ガリッと欠片をかみ砕いた音が聞こえた。随分と大きな音にも聞こえたが周りが風の音と木々のざわめきだけで無音に近いから、大きく聞こえただけに過ぎなかった。風がやむのを待つのは無駄なことだった。



「うん、ずるいずるい」ずるいと子供のように連呼して木瀧の背中にのしかかった。重たい、と振り払おうとする仕草を見せるだけで結局、退かさないあたり木瀧は随分と心根の優しい男子だった。その優しさは周りにもわかるものだった。まず一番に苗字が木瀧のいいところをあげるとしたら、動物に対して優しいとかだろう。実際に北海道に遊びに来る観光客に木瀧はわずらわしいほどに餌を与えるな生態系を壊すな、と訴えかけているのだ。随分と出来た中学生である。とても、同じ中学生だとは思えないと常日頃に苗字は思っていた。だが、それを口にして空気に溶かしてしまえば木瀧が少し遠い存在に成ってしまうようで、苗字は敢えて口にすることは無かった。ただ、呼気だけが漏れた。



「何が」「動物を餌付けするなって言う割には私を餌付けして来るもん。ずるいよ」「名前は人間だろう」「人間も動物の一種だよ。動く物、ね」屁理屈言うなと言って、鞄から苺の味の飴を取り出して、包装をはがす。そして、濃いピンク色を苗字の口に押し込んだ。「むぐ」「名前を餌付けしたところで生態系が崩れるわけでもなし、何があるわけでもないだろう」だから、俺はこうして安心して名前に与えているんだろうと微笑してそれから、自分も鮮やかなオレンジ色を口に含んだ。「あるよ。私の木瀧君に対する好感度が無駄に上がってフラグが立ちそうになる」「へぇ、」



それは面白そうだなって、他人事のようにいった。当事者であり、重要人物なのにも関わらずだ。「人が苦労していったことを、簡単に退けちゃうんだね」私は木瀧君に拳銃を向けられているような気分なのにね。それも、致命的なことに米神を打ち抜こうとしている。いや、打ち抜いた後なのかもしれない、若しくは心臓。兎に角大事な所を打ち抜かれて、失っている。だらしなく四肢を投げ出して。もう、血の気は失われている。死んでいるのか、生きているのかの判別もつかない。ただ、本人は生きていると錯覚して言い張っているだけだ。「へぇ……餌付けも悪くないかもな」



渦に飲み込まれるのを感じる。その中心には木瀧が居て、苗字を誘っている。蟻地獄と言えば、わかりやすいのかもしれない。「ああ、そうそう。俺、オレンジは嫌いなんだ。だから、名前にあげるよ」「何でわざわざ嫌いな物を口にするのかな」私にくれた苺を食べればよかったじゃないと複雑な心境で噛み砕こうとしたときに、木瀧にその華奢な肩を強い力で掴まれた。それから唇が触れて、生暖かくなったオレンジ色の丸い塊が口内に侵入してきた。苺とオレンジは特に仲がいいわけではない。複雑な味に成るだけで、苗字には到底理解などできなかった。

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