夢に棲むまもの



思いっきり不安定。考えもぐしゃぐしゃ。


嘘つき、口の中で押し殺したつもりだった。たがが外れた様にお腹を抱えて笑えばじんわりと涙が浮かんだ。磯崎、怒っただろうな……感情に任せて、練習抜け出したから。でも、今それどころじゃないんだよ!嘘つき嘘つきうそつき、名前を責めたいわけじゃなかった。篠山も責めたくは無かった。心の中で本当はぼんやりとわかりきっていたことだった。(だって、マネージャーなら俺以外の選手を気遣ったりするのも当然で、話しもしなきゃいけなくて、その時、俺は一番の優先事項から外れて、どうでもよくなるんだ)発端は篠山がボールをキャッチし損ねて怪我をしたから優しい名前は篠山の手当てをした、その時に他愛もない話をしたそれだけ。(でも、嘘をつかれた。会話の内容本当は俺聞いていたのに、嘘をついた。俺が不安定になるからってきっとそう思ったんだ。でも、酷いや酷い。心ではわかっているのに酷い酷い酷い)ぐしゃ、ぐしゃ。両手で頭を覆った。髪が乱れるとか意識が行かない。



「有難う、磯崎も手加減してくれていいのに。化身出すの疲れるって知っているでしょ、あいつも。……そういえば、磯崎に本貸したでしょ、明日返すってさ」「あー、急がなくてもいいのに。律儀だよね。夜桜も見たがっていたから、急いでいたのかな」やっぱり、他意の無い普通の会話だった。俺が名前に後ろからしっかりとのしかかるように抱き着いて尋ねた。名前は俺が後をつけてきたことも気が付いていなかったみたいで本当に驚いていた。「ねえ、何の話?」低く伺うような声に名前がしまった、って顔をした後に「……夜桜の事だよ」って(ごめんね。そう言わなきゃダメだったんだもんね、知っているよ。だって磯崎と仲良くしていた時も俺が、喚いて散々困らせたから、磯崎に「余計な事は言うな。面倒くさいからな」って名前が指示されたのも知っている。言わば不可抗力なのに)。「あはっ、あははははははははははっ!そっか、そっかア!…………うそつき」押し殺したつもりだった。押し殺したつもりだった。駄目だった。ひとしきり笑った後に口の端から零れおちていくように欠片が漏れた。確かに形を作ったのだ。名前を責める形で。



名前、俺の事嫌いになったかなぁ……万能坂は、長くてくらくらするし、疲れるのに降りて来ちゃってさ、もう帰りたくない。万能坂の一番下で蹲る。ぽたぽた、アスファルトの上に雫が垂れて、黒く濡らした。蒸発して陽炎になる。「うぅ、ええっ……名前、名前」俺の世界は名前中心で回っている。だから、嫌われるのが怖い。それでも、俺が一番であって欲しいとか、本当は俺が怪我をしないかとか色々心配してマネージャーやってくれているのに、やめてほしいとか思っている。言えない、言えるわけがないだろ。名前は、犠牲者であり、俺への人身御供だ。名前が居れば俺のプレイスタイルも、メンタルも何もかもが落ち着くから磯崎達もわかっていて面倒だからって俺たちを引きはがそうとしない。(可哀想に、可哀想にって憐憫する声が聞こえる)ザリ、砂利の混じったアスファルトを踏みしめる音がして、俺の背中で音が止まった。皆面倒くさがって放置するから追いかけてくれる人を名前以外に知らない。「名前、俺のこと嫌いになった?」「私の方こそ嘘ついて、ごめんね。嫌いになんかならないよ」



「本当?俺のこと好き?一番好き?監督よりも、磯崎よりも篠山よりも誰よりも考えてくれる?」俺はね、一番好きだよ。うーんとね、両手いっぱいでも足りないくらい。表現は語彙が豊かじゃないから、思いつかないけれど。名前が思っているよりもずっとずっとね大好きだよ。わかる?わかっていてほしい。「うん、大好きだよ。嫌いだったら一緒になんか居ないよ」「うん、……うん」ただ頷いて俺は名前の矮躯を抱きしめた。人身御供の名前が本当にそんなこと思っているのかな。でも、名前はいい匂いがする。人工的な作られた、洗剤やシャンプーの香り。それらが鼻腔を掠めてああ、名前の匂いだと思わせる。「少ししたら帰ろう?」「うん」ゆらゆら、ぼんやり揺れる茫々とした草木を見つめて俺は感じた。暑いなぁ、



でも、やっぱり、名前と居ると心は凪いで穏やかでいられる。例えば彼女はマイナートランキライザーで俺はそれを嚥下するたびに落ち着くの。でも、名前は望んでいないと思う。俺を押し付けられただけ。誰か、俺をふつーに戻してよ。


title 箱庭

戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -