鳥は奇しくも空を忘れて



監禁


孔明が要塞を作ったらしかった。名前暫く会えなくて何かあったのではと心配していたのだがそれもいらぬ心配だったらしかった。そして、先日久々に顔を合わせた孔明に誘われたのだ。「わたくしの要塞が完成したので、名前に見ていただきたいと思いまして、どうでしょう?」答えは勿論即答で、はい。だった。久々に孔明に逢えたことも、誘ってくれたという事も何もかもが嬉しくてそう答えたのだった。だが、それは後に人生の中でも最も大きな過ちだったと後悔する羽目になるのだが。孔明が言うには早い方がいいとの事で、その日に名前は孔明の要塞に訪れた。「わあ」と瞳をまるで子供の様な純粋さでキラキラと輝かせ、空高く龍がとぐろを巻いているようにも見えるその要塞に感嘆の声を漏らした。「凄いねー」心からの言葉だった。それに気を良くしたように瀟洒に孔明は笑った。「ふふふ、どうぞ。中へ。大丈夫ですわ、貴方には死なれたくないのでキチンと安全に道案内して、通しますから」怪しげな笑みを浮かべた孔明に一縷の不安も覚えずに暗い室内に足を進める。



道中は確かに色々な孔明が仕掛けた渾身の仕掛けが数多く存在したけれど、主である孔明があっさりと種を明かして、内部へ導いてくれたので全く危険というものは存在しなかった。名前は内部の仕掛けを見るたびに、あまり良くない頭で理解しようと必死になりながらも結局はちんぷんかんぷんなまま相槌を打つだけだった。やがて、外へ出た。外には大きな庭園のようになっていて美しい草木が生い茂っていた。ザワザワと外の横殴りの風が名前の頬と孔明の頬を打擲した。「風が強いですね」やや乱れてしまった髪の毛にはぁ、と溜息をついて最後の大きな小屋みたいな場所へ案内した。「此処は特別な場所です、どうぞ、お入りに成ってください」



そう言って手招き、暗いそこに名前を入れた。「此処はどんな仕掛けがあるの?」「……仕掛け?そんなものありませんわ。……ただ、」それきり外の光を頼りに仕掛けをウロウロと探す、名前に目を細めて後ろに少しずつ後ずさる。「……此処は大切な方を守るための場所なんですよ」ガタン。やがて硬質な音と共に不意に孔明の影が消え失せて、扉が閉まってしまった。名前が必死に扉のあった方面に駆けより扉を叩いた。冗談だと思いたかった。声は必死さを持ったまま。「孔明?!」暗がりの中で叫ぶと孔明の声が扉一枚隔てた外から聞こえてきた。何処かくぐもった、されども力強い女性の声だった。「……ごめんなさい。この要塞は貴女を閉じ込めるための物……。きちんとご飯などは持っていきますからね」「こ、孔明……嘘、でしょ」未だにこの起きた状況を飲み込めないのかはたまた、信じたくないのか虚ろな震えた声色で問いかけたが「嘘です」なんて声は聞こえてくることが無かった。それが本気だという事を指し示していて、名前が扉に手を掛けたままずるりと力なく膝を折って両手で顔を覆った。「そんな……」



「まさか、仕掛け全てを解いてくるとは」あれは私の全力です、侮れませんね。とパタパタ仰ぎながら劉備たちを褒め称えた。そこには嫌味などは存在しなくて劉備は満更でもないのかガッハッハと豪快に笑い飛ばしながら胸を張った。不意に劉備が小さな小屋の存在に近づきあれは何だ?と指摘した。孔明は顔色一つ変えずに言ってのけた。「あそこには、貴方と違い……わたくしの生涯を共にしていただくパートナーがいます。しかし、病弱でして……外へ出られないんです」言葉を濁したが単純な劉備は「何と?!孔明は既婚者だったのか」と驚くばかりでそれ以上追及はしなかった。関羽や張飛も初耳だったのかお互いの顔を見合わせるばかりでやはり不振がることは無かった。



「名前……聞こえますか?」扉越しに話しかける。中から衰弱しきった名前の声が聞こえてきた。それを愛しげに耳に入れては口元に弧を描いた。「……孔明、どうして」「さあ、どうしてでしょう」少なくとも私利私欲の為に閉じ込めたのは間違いが無いのですけどね。そんな御託を並べても名前の暗い声に明るさは取り戻すことは無かった。「わたくしの愛しい、名前」生涯を歩むパートナーが同性でなければもっと別の道もあったのかもしれないと孔明は心の中でそう唱えてみたが、彼女を手放すことだけは考え付かなかった。「貴女がわたくしの生涯のパートナーならばどれほど良かったのでしょうね……」掻き消された、物憂げな言葉。だけども孔明はそう希っていた。ただ、嘆くだけの名前の心に届くことなどなかったが。暗く白い壁の場所には今日も明かりが灯っている。虚ろな女の声がするそこに出口は無かった。



title カカリア

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