夢すら見ない三日月の眠り



いつからだろうか。外の世界が架空の物と成って、お日様を見ることが出来なくなったのは。夜の時にカーテンをそっと開いて世界を見ては、明るい昼間の世界に憧れを抱いた。こういっているけれど無論、私は人間だ……。いや、人間だった、という方が正しい。昼にカーテンに手を伸ばせば強い光が私の手をジュウと焼いた気がした。いつからこんな不健康な青白い肌色に成ってしまったのかと泣きたい気持ちを堪えていたら、ヴァンプのこれまた青白い手が伸びてきて私の手首を捕まえた。「駄目だよ」それでも、夜に蛍光灯の光を求めて鱗粉をまき散らす蛾の如くカーテンに縋れば「駄目だよ」とまた、同じように制された。同じことの繰り返し、同じやり取りをただ、此処で繰り返すのだ。



「お日様の光はね、僕らにとっては毒なんだ。とっても有毒なんだ。だから、駄目だよ」名前には悪いと思うよ、僕らの利点ばかりを教え込んで悪い点を全く話さなかったからね。声色は優しいのに、鬱陶しくて仕方がなかった。ねっとりと絡みつくように只管、小さい子供に教えるように駄目だよ、って言うのだ。「わかったね?」「いやだ、だって私はヴァンプ達と同じになんか、成りたくなかった」お日様の下をもう二度と歩けないなんて嫌だよ。あの町の喧騒も、あの人にも、友達にも逢えないだなんて酷すぎるよ。こんなにシリアスな場面なのに、お腹の虫は空気なんか読める生き物じゃなかった。キュウと情けない声を零しては、食べ物を欲するのだ。それは、生理的な欲求。それは、本能。



「お腹が減った?僕は毎日用意してあげているのになぁ、」飲むのか飲まないのかは名前が決めることだけどさって、嘲笑してペロリと舌なめずりした。私のためにと用意された誰の物かもわからない血液におえってなって、口に含んでもいないのに想像をしてえづいた。「気持ち悪い、気持ち悪い。だって、それ人の血液じゃない。まともじゃないよ」私がそういえば目をしばたたかせて、ふふっと上品に笑んだ。「なんで?僕たち、人間じゃないじゃない。人間の常識や型にはめようという方が烏滸がましいというものだよ。名前は人間のつもりなのかな?ふふ、でも君も、もう“人間”じゃないんだよ?どんなに人間の皮を被ろうがふりをしようが、無駄さ。運命には抗えない。その証拠にさ、食べ物食べなくなってからどれくらい日が経ったかしっている?可笑しいんだよね。普通の人間なら餓死しちゃう日数をちょっと顔色悪いだけで済ませている」



認めちゃいなよ、どんなに人間で居たいと願っていても、事実なんだからさ。吐息が首筋にかかってゾクゾクと体を震わせた。ヴァンプは笑っている、眩暈がする。蛍光灯の光がチカチカとするみたいに頭の中が撹拌されるみたいにぼんやり何も考えられなくて、その光景に見入っていた。まるで別世界のように、曖昧に輪郭もふにゃりと溶けていく。「飲ませてあげようか?それとも、僕の血を飲んでみる?ふふっ、それもいいよね、お互いの首筋を噛み合うなんて、最高だと思うなぁ……」「……」何も答えられない私に特にコメントをすることも無くコップになみなみと注がれた色の変色した血を口に含んだ。そして、私の顔を抑え込んで、唇に無理やり己の唇を重ねてそれを流し込んだ。



いやだ、いやだ、吐き出したかったのにそいつが私の口を塞いでいて行き場を失くして結局、ゴクンと喉を鳴らして嚥下するしかなかったのだ。喉を通ったそれは瞬間、熱く感じた。ぐらぐらと沸騰させたスープのように思えたが、舌が火傷などを負っていないところからそうではないらしい。顔を離したヴァンプがペロリと舌なめずりをした、真っ赤な舌を覗かせた姿が少しだけ淫靡に見えた。……おえ、とえづいてみたのに胃からは、たった今、ヴァンプによって無理やりに摂取された、血液が上がってくることは無かった。「どう?美味しい?美味しいよね、君も本当はそう感じているはずだよ。だって、君は認めたくないだけなんだ。自分が人間じゃなくなったことだけを。それさえ認めてしまえば、全てから解放されるよ。久々の食事だったんだから、余計にそう感じるでしょう?」グイと手の甲で口の端から滴るどす黒い色の血をふき取った。



勝手に目頭が熱を帯びていって、ポタリとタイルの床をぬらした。こんなもの、とりたくないよ。でも、体が美味しいって言っていてもっと、欲しいって言って聞かないの。「おい……しい、」ヴァンプの手に納まっていたコップを奪い取って、口を付けた。ただ只管に求め続けた。ドロドロしていて、大よそ人間の食べ物とは言い難いものなのに、欲しくて仕方がない。「……、うえっ、……うええっ。美味しいよ、美味しい。ヴァンプ……っ、ヴァンプ、私、人間なのに、美味しくて、」本能と理性が鬩ぎ合っている。吐き戻したくて指を口に突っ込んで無理やりに吐こうとした。美味しいの、美味しいの。「こっちへ、おいでよ」弾む嬉しそうなヴァンプの声がした。私は少しずつそちらの方へ行くの。


さようなら、人類の皆様、私はもう人間をやめますが、どうかお元気で。


title カカリア

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