水没箱庭



その女は人形みたいな女だった。太陽にビー玉を透かしたような、綺麗なガラス細工の瞳と健康的な肌をした、容姿端麗な女だった。俺はその女をいたく気に入ってしまった。雑魚に興味はないしおもちゃのように遊んでは捨てたというのに名前に随分と執着を見せてしまい、その女だけはムゲン牢獄ではなく俺の手元に置くことにした。これは俺の独断で決めたことだった。爺どもは何も言ってこなかった。それをいいことに俺は、個人的に名前を隣に置いた。名前は媚びては来ないし、俺のご機嫌取りもしてこない。ただ、機械的なまでに任務や雑用をこなした。(強くは断じてなかったが)「ザナーク様」「お前は特別にザナークでもいいぜ」ヘラヘラ笑いながら提案してみたものの上下関係があり、私は貴方に絶対服従ですからと無表情に答えた。笑っている顔も怒っている顔も見たことが無い。ただ、仲間をムゲン牢獄送りにした時、唖然としたショックの顔だけは覚えている。泣きはしなかったが酷く心は抉れてしまったようだった。中でもレイザという女と仲が良かったそうで、友人を目の前でムゲン牢獄送りにしたのは堪えたのかもしれない。と後に成って思った。



「何故、私だけはムゲン牢獄送りにしなかったのですか」「それは手前を気に入ったからだ」そう言ってもそうですか、とそれきり興味なさそうに俺から視線を外した。まるで、自分をムゲン牢獄送りにしなかったことに対してそのような回答では物足りないと言ったところだった。言い方としては自分がムゲン牢獄送りでも構わなかったという感じ。面白くねぇ。「お前もまさか、ムゲン牢獄に行きたかったとか言うんじゃないんだろうな」まさか、と思って自分で言ったことに対して鼻でフフンと笑って見せたが、名前はコックリと一度だけ頷いた。「あ?」なんであんな劣悪な環境下に自ら足を踏み入れたがるのか俺には到底理解には及ばなかった。



折角俺の手元に置いてやっているのにと頭に血を上らせながらわけを務めて、冷静になりながら(もっとも俺の性格上冷静であり続けるのは困難だが、)何故なんだと詰め寄った。名前は薄い唇を開いて赤を覗かせた。「レイザ達と同じだからです。私だけが何故特別扱いをされなければならないのですか。レイザ達をムゲン牢獄に送りにするというのならば、私もそこへ行くのが道理。このような特別は要りません」「なっ!」うまく、優しい顔をした男に擬態していたと思っていたがあっという間に化けの皮が剥がれてしまった。名前の胸倉をつかんで顔を近づけた。「あそこがどんな場所か知っていて言っているのか」「はい。それでも、レイザ達だけというのは」



もう聞きたくなどなかった。脆い、脆すぎる。まるでセロファンテープで止めていただけの優しい仮面。滲み出る惨めな程に強い感情。だからこういう馬鹿げたことは嫌いなんだ。たかが唇と唇をくっ付けるだけというとんでもなく簡単な行為に名前は酔うでもなく、頬を染めるでもなくただ、絶望や何かに似た色の物を携えていた。「……、貴方を、許したくないです」そんなくだらない事の為だけに私だけをムゲン牢獄に送らなかっただなんて。それは呪いをかける呪術師の言霊に似ていた。そこでようやく俺は気が付いたのだ、名前に俺と同じ感情を強く求めても、ただただ、離れていくだけだと。俺が強く願い、思えばそれと相反するように。逃げていく、逃げていく、すり抜けていく。捕まえられない。


title カカリア


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