まほろばの地にて、また



俺は勘違いしていた。いつまでも彼女が俺のことを好きでいてくれる保証なんかどこにもないのに。そもそも、名前を振ったのは俺なのに、いつまでも生ぬるい友達と言う関係に甘えていたのだから仕方がないのに。俺は臆病者だから、動くことも逃げることもできない。なのに、感情だけがあふれて、爆発して彼女に当たり散らす。悔しかった。名前が俺のこと好きじゃなくなった事実も、毒島と付き合うことになったという現実も、名前が俺のことを好きだと言ったことも、事実も全て過去になってしまった。「う、……ぁ。俺のこと好きだって言ったくせに、もう、毒島かよ!名前なんか嫌いだ!」「え、ちょ……よざくらく、ん」意味わからないよ、と表情を歪め泣きそうになった。永遠なんてまやかしでしかなく、いつか霞んでいく、形を失う。名前を好きになった時は、手遅れだった。



名前が俺の手を掴むよりも早く、俺はその場から逃げだした。なんであんな自分勝手なことを言ったのかわからない。行動も意味不明だったし、とても軽挙だった。部活をすっぽかして家に帰った俺は、枕に顔を埋める。自分一人の気配しかない寂しい部屋。虚しさが支配する。明日どんな顔して会えばいいんだろう。頭のおかしい振りをしていれば、笑っていれば波風は立たなかった。いつだってそうだ、磯崎に怒られたときだって笑っていれば痛みは軽減したし、どんなに辛いことがあっても笑っていれば大抵ことは、大ごとにならずに済む。



笑うという行為はいつのまにか、俺の中では“最善の道”とインプットされていた。笑えば、許される。笑えば、いつだって。笑っていれば幸せになれるんだって、信じていた。己の母親も言っていた「辛いときにも笑っていれば、きちんと幸せになれるから、いずれ本当に」そう諭すように俺の肩を抱いて。実際に笑っていれば苦しいことも、辛いことも全部消えてなくなるような錯覚をした。女子の告白も今まで全部笑って断った。俺は怖かったから。俺の深い部分にまで踏み込まれることが。俺のこと頭可笑しいっていう奴もいるけれど、俺は正常だと心の中で思っていたし、俺自身、本当は気なんか違えていなかった。なあ、本当に笑えば最善だと思う?



「……名前」今、此処にいない人の名前を呟いて、人工的な光に手をかざした。「あはっ、ははははははははっ!」いつものように笑って見せた。俺の辛いことを吹き飛ばすように大声で。なのに、なぜだか泣けてきた。ああ、楽しくなんかない。……辛くて、侘しいだけだ。(だって、本当は……これっぽっちも楽しくなんかない)俺は自分の気持ちをごまかしているだけにすぎない。「ああああっ!!」枕にしみこんでいく涙は、今まで笑って誤魔化してきた涙の数の分だけ出てきたのだと思う。ずっと止まらなかった。今日、泣いたら明日は笑おう。笑えば、きっと許してくれるよな?(ねえ、許してよ。ほら、笑うから、ちゃんと笑うから。何もかも元通りだから)


title リコリスの花束を

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