愛を喰うベラ



食べ物に血を入れる話。


一、最初に夏未の料理を食べたときに吐き気に襲われ飲み込むのを躊躇しそうになったのをよくよく覚えている。それは眩暈や吐き気を伴う食べ物と形容しがたい何かだった。最早、一応食材から作られた物体と例えても差し支えの無い程だった。なんでこうも絶妙に素材の味を殺すことができるのだろうか、それがいつも不思議でならない。それでも、私は夏未を愛しているので無理矢理に水で流し込んで美味しいよって、作り笑いを張り付けたのだった。「よかったぁ、美味しくないって言われたらどうしようと思っていたのよ」夏未の笑顔は赫奕する夏の太陽に匹敵した。夏未が嬉しげに頬に手を当てたときに指先に絆創膏がいくつもへばりついているのに気が付いた。夏未は昔とても不器用だった、今も不器用でも何ら不思議でも疑問でもなかった。心配だったが、平気よ。と言ったので私は無理にやめさせることを諦めた。



二、夏未の料理の腕は上達することなどなかった。それどころか退化しているのか時たま本当にひどい味付けをする。なるべく残さないようにと気を使っているもののあまりにひどい時はトイレ行きも覚悟せねばならなかった。おなかを壊すこともしばしばあった。これは人様自宅になどとてもとても呼べないな、と泣きそうになりながら今日も奇抜な味付けのされた料理とおぼしきものを平らげた。我ながら言い食べっぷりだと思った。「夏未、今日のは……その、変わった味付けだね」指摘すると夏未が口元に手を当てて喜びの様子を顕在させた。「そうなの!今日見た料理番組を見て、隠し味を入れたのよ」じゃあ、きっとその隠し味の量を間違えたんだ。隠し味と言う物は本来美味しくなるための物で自己主張は激しくないはずなのだから。色々と混ざり合って何の味かわからない野菜炒めを私ははは、と苦笑しながら水で一気に飲み込んだ。



三、夏未は二年前に恋に敗れた。円堂の奴は生涯の伴侶に冬花を選んだのだ。夏未は暫く再起不能なまでに落ち込んでいたけれども、私が慰めていくうちに家に頻繁に遊びに来るようになり、やがては同棲をし、まるで恋人のように接するようになった。料理は半々でやろうということに最初の内はなっていたのだがどういうわけか主な家事全般を夏未はこなすようになってしまい私の出番はほとんどなくなってしまった。自分の料理の腕が素晴らしいものだと自負しているわけではないけれども、一応食べられるものだと自分では思っている。前に夏未を含めた友人、冬花らに振る舞った時は美味しいと好評だったし。きっと食べられないものではなかったのだろう。



四、夏未が面白い事を言っていた。「好きな人の心をつかむには、まず胃袋を掴むのよ」その割にはあまり夏未が自分の料理に手を付けないのだけれど何故だろう。いつも愛しげに熱っぽく私の食べる姿をジィーと穴が開きそうな程に強く見つめている。ちょっぴり食べにくいけれど、嬉しそうなので指摘はしない。無理矢理に赤く少しだけ濁ったミネストローネを口に付けた。鼻をつくような酷いにおいがした。どこかで嗅いだことのあるような臭いの気がしたけれど何もわからない。今日も隠し味とやらを入れたのだろうか。うっと思わず鼻を押さえたくなったけれど我慢して息を止めて飲み込んだ。いつになっても嫁の飯まずには耐えられないものがあるなぁ。



五、「今日も隠し味を入れたのよ」「へぇ、何々?」いつも夏未は聞いても「ふふふ、内緒よ」と言って隠し味に何を入れたのか種明かしをしてくれない。でも今日は答えてくれた。それもとってもシンプルな物で、毎日入っている物だった。「たっぷりの愛情よ」うふふ、と子供の頃から変わらないあの上品な笑顔を見せた。白い歯が眩しい。蛍光灯がチカチカ、して少しだけ頭痛がした。たっぷりの愛情が入っているから上達はあまりしないのかもしれないなぁ。それでも、その日隠し味が“愛情”と聞いて食が進んだ。「まだまだたっぷりあるからね」そうだ、おかわりをしよう。これは私に向けられた愛情なのだから。でも、やっぱり、素材の味は殺されている。



六、隠し味を入れるのが日課に成っていた。好きな人の胃袋を掴んでおけば、好きな人は離れないのよ。そんな台本の台詞を信じて、包丁を手に取った。トン、トン。この包丁は良く切れる。トン、トン。リズミカルに、切っていく。最近はどんどんと包丁さばきが良くなっていっている気がする。今日はカレー。昔から名前さんはカレーが大好きだって聞いていたから。トン、トン、トン。人参を一本切り終わってたっぷりカレールーを過剰なほどに入れてからチョコレートを入れた。それからすりおろした林檎。



最後に自分のたーっぷりの溢れんほどの愛情とそれに比べたら随分と小量な血液を入れて。血の球はポタポタカレーの中に入っていく。クルクル掻き混ぜて湯気の立っているお鍋に蓋をした。「名前さん、まだ……かしら」それから、あの人の帰りをずっとずっと待つの。温かな料理と共に。冷めないうちに帰ってくると良いのに。


title Chien11


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