君への未練



「名前は僕が居なくなったら寂しい?」突然シュウが問うた。不思議な感覚がして私は首をかしげた。そのイントネーションや問いはまるで、僕はいついなくなっても不思議じゃなくて明日にも消えてしまうかもしれないというようなものを孕んでいた。急にそれが途轍もなく恐ろしくなってシュウにどうして?と逆に問えば穏やかな何処かいつもの寂しげな笑顔を浮かべて言った。「なんでもない。ただ、僕が居なくなったらどうなるのかなーって少しだけ想像しただけなんだ」そう、それは想像の域を脱せないけれどね。「なんで、だって、シュウの言い方はまるで明日にも消えてしまうみたいな」「そんなわけないじゃん」



それでも不安に成った。明日明後日近い未来じゃなくても別々の道を自然な顔をして、通り消えていくこと。「僕は此処に居るよ」ゆっくりと大自然の中に身を預けて、傾く夕焼けを背に影を作った。影に溶けていきそうな程真っ黒い髪の毛も服も何もかもが愛しくて涙が零れそうになった。なんでこんな気持ちになるのか自分でもよくわからなかった。その様子を見かねてか私の手を軽く持ち上げた。「ね、僕はちゃんといる」体温を感じるどくどく流れる血の巡りを感じる。ああ、生きているのかな(そうだといいなぁ)。



「何で居なくなるかなぁ」シュウの嘘つき。出てくる言葉は呪詛のように、毒に満ち溢れていた。シュウはいなくなってしまった。跡形もなく、シュウの持ち物なんて全然なくてシュウが生きていた証すらもおぼろげだった。もう、一か月は逢っていない。一緒にチームも組んだ白竜にも同じチームだった皆にも聞いてみたが詳しい事なんか全然知らないとの事でお互いがお互い上辺だけで一緒にいたかのようだった。そういえば、シュウに逢った時何処と無く生きている人とは感じず、別の世界の人の空気を感じたのを思い出した。それは直感ですぐに、気づけたけれどお互いに何も言わなかった。何故ならばシュウは想像上のお化けや化け物と違って人の形を保っていたし、少しだけ異質ではあったけれども怖くなんかなかったから。でも、やはりこの普通の人と言うには少し力に固執していた。強く、渇望するように。



勿論、最初はよそ者でこの島に来たことにおどおどしていたからいい顔はしてくれなかったけれど……次第に打ち解けてくれたシュウ。そんなシュウが私は、「好きだったのに」心情を吐露した瞬間、一陣の風が私の頬や体を強く打って行った。「へぇ、そうなんだ」振り返るとシュウの空気すらも感じなかったのに、シュウが背後に直立していて酷く心臓に負荷をかけた。ひっと引き攣った声が喉元に出かかったが、シュウだとすぐに気が付けて、喉元に突っかかったまま出てこなかった。「シュウ、どうして」「どうしてだと思う?」穏やかな笑みを湛えたまま、聞かれた。私は分からなくて首を傾げて尋ねた。「どうして?」「僕が違うの、気づいていたよね。そう直感レベルで」君はそういう所、本当に鋭かったみたいだからさと言って口を結んだ。それはわずかな間だけでやがて、少しの間を開けて喋りはじめた。「未練が出来たんだ。新しい未練だよ」悪いお化けにでもなってしまいそうだけどね。未練って言うと少し聞こえが悪いかな。そういって悪戯に、またへらへらと笑った。



私はその笑いどころがわからずに益々首をかしげていたところピタリと、音を止ませた。「名前だよ。新しい未練っていうのは。だから、僕は何処にも行けなくなった。ほら、僕ってどうしようもなく名前が好きだから。僕が居なくなった後に他の男と付き合ったりしたら未練たらたらで化けて出ちゃうかも」真っ黒いシュウのガラス球に閉じ込められた私と景色が見えた。「だから、消えないよ。消えるのはやめた」君に縛られたんだ。

戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -