フリアエの涙



エイナムと恋人。


こんなことを知るくらいならば、息抜きに街になど繰り出さなければよかったのだ。当然の摂理で、これが普通だとしても心を深くえぐり、塩を塗り込まれたような気分だった。苗字がエイナムと仲睦ましげに歩いていたのだ。オルカの気分はもう最悪だった。何かに八つ当たりしたい気分だったし、それがどうしてなのか究明できなかった。中のいい友達を、エイナムと言う男にとられたからか、はたまた。「有りえない」有りえない!と普段大事にしていた、ぬいぐるみに八つ当たりした。それからすぐにぼふっと、枕に顔を埋めて泣いた。そこでようやく自分の気持ちに向き合うことが出来たのだ。私は友達を取られて、悔しいのだと。



「名前ってエイナムと付き合っているの?」翌日に、詰問するように問いただせば苗字はキョトンとした様子でそれから、ああ!と昨日の事でも思い出したように口の形を歪めて見せた。それは嬉しそうにも見えた。「ねえ、内緒にしてあげるから答えてよ。昨日見ちゃったんだー」苗字を安心させる甘い罠を仕掛けて、真実を問いただしたら言いにくそうに、それでもオルカを信頼しているようで「そうよ」と一言だけ答えた。オルカはその場で脆く崩れ去ってしまいそうな気がした。友人はやはり、エイナムと付き合っていたのだ。本来は、プロトコルオメガ内での恋愛は禁止にされているにも関わらず、秘密で逢瀬を繰り返していたのだ。オルカの内部で「いっそのこと、このことをマスターに密告してしまおうか」なんて悪い事が過った。そして、それを実行に移すことにした。得体のしれない男に苗字が取られ、汚されてしまうくらいならばいっそのこと愛し合う二人の仲を裂いてしまえと。



無理に張り上げた、元気のいい声。「へーぇ!そうだったんだぁ!じゃあ、マスターに密告しちゃおーっと!じゃねーっ」「えっ、お、オルカ!そんなっ!嘘ついたの?!友達だと思っていたのに!信じていたのにっ!」苗字の悲痛な悲鳴じみた声が反響する中オルカが姿を消した。勿論、向かった先は苗字やオルカ達がマスターとあがめる人物の元である。



オルカは後悔していなかった。苗字とエイナムは強制的に引きはがされ、個人的に逢うことを固く禁じられ、監視の目が付いた。ただ、苗字の言葉が胸にアスファルトにこびり付いて取れなくなったガムのようにへばりついているのが気がかりだった。また、苗字とエイナムの仲は取り壊すことが出来たけれど自分の事を酷く恨みがましそうに見つめてくるのだ。それがどうしようもなく居た堪れなくなるのだ。「エイナム」「……オルカ。君は良心が痛まないんだね」「痛まないね、痛まない」オルカは後悔なんかしていなかった。だけども、「じゃあ、なんで泣くんだ。泣きたいのは名前と自分の方だ。愛し合うどころか、面会すらも禁じられてしまったんだから」オルカには滂沱として止まらない涙の理由は知らなかった。「エイナムはあたしの涙の理由を知っている?どうして、止まらないの」だからこそ、逆に仲を引き裂かれた側のエイナムに聞いてみたのだ、エイナムは酷く難儀そうに言った。それは正誤が危ぶまれたが。「オルカが名前を好きだったからさ」ああ、そうか。自分は名前の事を愛していたのか、だからエイナムと居るのが嫌で無理矢理に引き裂いてしまったのか。そこで初めて後悔した。もう何もかも元には戻らない。散らばった破片は何処かへ行ってしまった(失くしてしまった)。

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