無題



「お前は花よりも食い物のほうがいいだろう」剣城君が、私に果物をくれた。病院でずっと暇を持て余していたから、彼が来るのはとても楽しみで仕方がなかった。といっても、彼は優一君の、弟さんだから私の所に来てくれるのはついで、ということになるが。それでも、なんだかんだで話し相手になってくれるから無問題だった(ついででもいい、私に逢ってくれることが重要だった)。彼はよく外で起きた出来事や、学校での出来事を話してくれる。「失礼な!私は食べ物に固執なんてしていないよ!」そして、私に食べ物なんかを恵んでくれる。ついでだとは分かっていても嬉しくてたまらない。私は、小さい時から体が弱くて殆ど学校には行けず、友達らしい友達何ていなかったから彼は私の中の大きな部分を占めていた。実際、私に来客なんてめったにいなかった。居るとしても、学校の先生なんかでガッカリすることが多かった。「ふぅーん、ま、いい」



「外は温かくなってきたぞ」外の様子は実はほとんどわからない、病室の窓から見える切り取られた世界が私の世界だったから、鳥のさえずりお見舞いで通る人々の声しかわからなかった。「桜が咲いていた」剣城君が珍しく花の話題を口にした。世界は絶えず動き回っている。私を置き去りにして。「そうなんだ……」生憎、病院の付近には桜は生えておらず緑色の葉をはやした背丈の高い木々だけが生い茂っていた。殺風景で、心まで冷え込んでしまいそうだ。「桜なんてもう何年もまともに見ていないや」外へ出たいなぁ、と悲しげに俯くと剣城君が笑った。といっても表情に殆ど変化は見られず、ただそう感じただけだが。「そういうと思って」ポケットを弄る、何なんだろうと剣城君に期待の籠った眼差しを向けると剣城君がポケットから手を出した。手の動きが優しく柔らかかった。



次は、食べ物ではなかった。「ほら、桜の花」ポケットから出した手を私に向けるのでよく見ると、手のひらの上にちょこんと綺麗な薄桃色をした小さな桜の花が数個乗っかっていた。「最初は枝ごととか思ったけど、流石に折るのはどうかと思うだろ。だから、これだけ。落ちていた奴で、綺麗な奴拾ってきた。名前も桜みたいだろ、いつも外へ出たいって言っているもんな」そういって、私に花びらをそっと手渡した。「綺麗、」久々に見た桜の花に、若干涙ぐみながらも受け取る。桜の花びらが仄かな香りを運んだ。剣城君が優しげな瞳で私を見据えている。「ふうん、さっきのこと少し訂正してやる。花、あんたも少しは似合っている」



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