黒いあいつが来るぞ!



外から御門の断末魔が聞こえた、気がした。休憩を取っていた龍崎と顔を見合わせて、首を傾げてみた。「……御門?」「かなー?」お互い疑問形である。御門は普段冷静沈着といったところで、あんなふうに悲鳴をあげたりしているところを見たことが無いので、実は御門によく似た誰かで別人みたいな可能性も有りえなくはない。「……御門があんな声を上げるなんて有りえないしな。空耳かもな」「意外と御門かもよ?きっとこけたんだ。ぷぷっ」雅野がたまに邪悪な顔をするのだが、気のせいだろうか。先ほどの断末魔から、数分程経っただろうか、ドタドタと走り回る靴音と「くるなあああ!」と喚く男子生徒の声が聞こえた(恐らく先ほどの悲鳴の人と同一人物であろう)。だが、それは部室を通り過ぎて行った。



有りえないと思っていたが、どんどん御門本人なのでは……って思えてきた。しかし、御門が逃げ回るとしたらよっぽどだ。相当ピンチなんじゃ……(例えば、凶器を持った……)。リアリティが増していく。「やっぱり御門じゃない?ちょっと様子見てくる!」部室の扉に手をかけると龍崎が牽制した。「ま、待て!何かやばい気がする!あんた行かない方がいい!あれがあんな悲鳴を上げるってよっぽどだぞ!」「……確かに。あいつが逃げ回るとしたら、よっぽど分が悪い相手……。じゃあ、俺見て来ます」「えっ、何で?」何の魂胆があるんだ、お前は絶対に助けないだろうと龍崎が雅野の肩を掴んだ。「え?なんでって、あいつの無様な姿を見物しに」「……うわぁ、」龍崎がドン引いたように、顔の筋肉をひきつらせた。助ける気はゼロなのかと私も若干引いてしまった。「まあ、気が向いたら助けてあげなくもないですけど」「気が向いたら?嘘だよね?雅野、助けないよね?……助けてあげようよ。同じ仲間でしょ?」「……えー、嫌ですー」拒絶だった。龍崎が呆れたように、ため息交じりに「……俺も行く、雅野はきっと手なんか貸さないからな……。名前は此処に居ろ、いいか?危ないから顔も出すなよ」と言ったので頷いた。そうして、二人は部室から出て行った。戦地に赴くさまを私はただ、無事を祈りつつ見送った。




「ぎゃあ!」「ひいいいっ!巻き込まれたああ!駄目キャプテンのせいだああ!」「痛い痛い!やめろって!」部室の外から、先ほど出て行った雅野や龍崎の声に混ざって疲労気味な、御門の声が聞こえた。先ほどは、御門の声に気を取られすぎていて聞こえなかったが、ばさばさと何かが羽ばたく羽音とカァという鳴き声も聞こえた。顔を出すなとは言われたが、助けなきゃと思い私が扉をあけ放ったら、一メートルほど先に三人の姿が確認できた。上空には、カラスが何十羽も居て天井を黒く覆っている。それらは加減することなく、低空飛行で襲い掛かったり皆を追いかけまわしている。どうして、こんな状況が作りあがったのかはすぐには理解が出来なかったが三人を取り敢えず助けなければ!という意思が働いて叫んだ。「皆!早く中へ!」私の声が反響する中皆が、なだれ込むように入ってきた。三人が入ったのと同時に扉を勢いよく閉めて、カラスを上手く閉めだした。三人とも息が上がっていて、ところどころに突かれたり、引っ掛かれたりしたのか赤く腫れている個所が見受けられた。カァカァ、外で煩い程の鳴き声がする。ばさばさと扉に飛びかかったのに御門がビクッと体を揺らした。



「皆、大丈夫?どうしてああなったの?」「わからないです、俺たちが見に行ったときには既に追い回されていました」雅野が悪夢だと言って部室に備え付けらていた、救急箱を取り出した。それから、消毒液を赤くなった部分に吹きかけた。「いったあ!」「……はぁ、はぁ。何かしらんが、行き成り今日カラスに追い掛け回されてな。校舎に逃げたから安心だと思いきや、奴らしつこく中まで……」疲労困憊の様子で御門君が自分の体にペタペタと絆創膏を張り付けた。新しい傷はまだ赤みを帯びていて、痛々しい。「……あんたは来なくて正解だったな。随分間抜けな理由だけd「間抜けだと?!俺は一時間はゆうに追い回されていたんだぞ?!相手は人じゃないし、空中から襲い掛かってくるし、数羽なら俺もなんとかできたが、何十羽も来るんだぞ!カラスを舐めるな龍崎!」責められた龍崎が「すみません、カラスは舐めていませんけど。奴ら頭いいし」「本当に数羽なら何とか出来たのか?怪しいもんだよ。まったく、図体ばっかりでかくて役に立たないな。……でも確かに、あいつら石とか落としてきましたね……」雅野が遠い目で回想に耽っていた。石を落としてくるなんて、侮れない。「かしこっ!投石?!武器まで使ってきたの?!御門、なんで襲われたのか、心当たりはないの?!」



私が心当たりはないのかと尋ねると御門がうーん、と唸りながら考え込んだ。「いや、特には……こちらから攻撃を仕掛けたりなどは一切」「……石を投げつけたりしたならわかるのだけど、それなら本当にわからないな」相変わらず、扉の向こう側では気配があり黒い影が横切る。それを見て顔面蒼白になる三人。「……でも、俺たちの場合はキャプテンに関わったからですよね、絶対。そうなると、本来の標的はキャプテン一択です」遠回しに、あんたのせいだと睨みつけつつ責める雅野を宥める。見物といって、御門を犠牲にしようとしたであろう雅野には責める権利が無いような気がした。皆で、何故ああなったのかを探り始めた。極めて冷静に、意見を出し合う。



話し合った結果一つの仮説に辿りついた。「……御門の化身が、黒い鳥ででかいカラスみたいだからそれをカラスが敵だと判断して襲い掛かってきた」本当に常軌を逸していると思うが、今のところ他にあそこまで群れで襲われる原因が見当たらない。憶測でしかないが、確かにあの巨大なカラスみたいな見た目をした化身を見たらカラスも敵だと誤認するかもしれない。「……となると、匿うのは駄目ですね。キャプテンを追い出して、人身御供にしましょう」それがいいとポンと閃いたと言わんばかりに握った拳を手のひらに叩いた。扉を開けて放り出す準備を始める雅野を取り敢えず止めた。「駄目っ!仮にもキャプテンなのに、この扱い……もう同情を禁じ得ないよ」「……でも、このまま閉じこもったままでもあいつら外で待ち伏せているぞ」龍崎が扉越しに奴らの動向を伺う。やはり、待ち伏せしているのだろう黒い塊がいくつも外で蠢いているのがガラス越しにぼんやりと映った。「……確かに、やはり奴らの狙いが俺ならば俺が行くしかないだろう」「そうですよ。じゃ、早く外に行ってください、今まで有難うございました」若干傷が癒え、立ち去ろうとする御門を雅野が清々しい笑顔で送りだそうとするので、御門を全力で抱き留めた。「ま、待ってよ!御門!そんなの駄目だよ!」「し、しかし……名前、お前を危険にさらすわけにも」



「……監督に連絡しよう。あいつらを追い払ってもらうんだ」「何とかなるかな?」「事情を説明すれば対策を練って追い払ってくれるだろ」やや、楽観的な意見だったがそれしかないかもしれない。此処には武器となりそうなものがサッカーボールしかないし。……ん?サッカーボール?いや、待てよ。いけるかもしれない。私がサッカーボールを指差した。「……これで、威嚇して追い払うとか出来ないかな?」「!……成る程。随分数が居たけど大丈夫でしょうか」「それにこちらから攻撃するとあとで、更に仲間を呼ばれる可能性も」「……いや、やってみよう。どの道、俺を倒す気でいるんだ奴らは」勇ましく、御門がサッカーボールをいくつか手にして扉を鋭く睨みつけた。「……私もやる!加勢する!」「大丈夫か?あくまで、追い払うのに威嚇するだけだから当てない方がいいな」「そうですね。追い払って無事に生きて家まで帰りたいんで」話が固まった。カラスを傷つけないように威嚇して、なんとか無事に生き延びよう。私たちは運命共同体だ。





戦いが終わるころにはずっしりとした疲労感と共に、安堵が全身を満たした。皆も同じような顔をしていた。「……終わったな、」「……ああ。俺たちは勝ったんだ」通路に散らばった、残されたカラスの漆黒の羽が戦利品と言ったところか。地面に沢山転がっていたサッカーボールを拾い集めて、籠に全て入れた。激闘により、土などで汚れてしまったが今日磨く元気は残されていなかった。「帰りましょうか」雅野が一人立ち上がった。私たちもそれに倣って、立ち上がる。清々しい顔で。



翌日の早朝に皆の朝練の前に準備をしていたところ、いつもより若干早く御門たちの姿が見えた。私が手を振って、皆を呼ぼうとしたその時上空を舞う黒い鳥の姿に気が付いて、体が硬直した。昨日の激闘を思い出す、というか数が増えた気がする(気のせいではなく明らかに。空を覆っている)。皆体や頭を庇うように頭を抱えて全力で走っている。「ぎゃあああ!!カラスが増えたぞ!」「わー!!来るな!駄目キャプテン〜!」「ひい!助けてくれ、痛い!」戦いはまだまだ続くらしい。



*カラスから見たら化け物ガラス討伐戦なんだよね。

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