そうだ、素麺を食べよう!



マネージャーの名前がぐったりしていた。どうやら、この夏の暑さに参ってしまっている様子だと篠山が心配げに報告してくるものだから、よっぽど状態が悪いのだろうと思った。様子を見に行けばベンチでぐったりと力なく、四肢を投げ出している。報告に嘘偽りはないらしい。日本の夏はただ暑いだけではなくて、じめじめと蒸しているものだから余計に駄目だ。俺も夏は好きではないけれど、名前のようには今のところへばっていない。俺が来ても相変わらずぐったりとしたまま動かないので声をかけた。「おい名前。へばっているじゃねぇか」「……」へんじがない。俺を無視するなんていい度胸じゃねぇか。「名前ちゃんとご飯食べた?今日は何を食べた?」篠山がこいつの保護者かと言わんばかりにいたわるような言葉をかける。「…………アイス、食べた」「アイスは飯とは言わねぇんだよ!てめえ本当に死ぬぞ?!飯を食え!飯を!」俺が掴みかからんばかりの勢いで説教じみた事を捲し立てると篠山に服の裾を掴まれた。落ち着け、と暗に言っているようだった。「……磯崎、光良も呼んで来い。このままじゃ本当にやばいから食べやすい物食べさせよう。名前も選手ではないけれど同じシードだろ」「……体調管理もできねぇ奴を同じシードだなんていいたくね「磯崎」責めるように一度俺の名前を呼んで睥睨した。「……わーったよ!うっせーな!」過保護野郎と悪態をつくと溜息を吐かれた。暴力よりこっちのほうが精神的に傷つくじゃねぇか……。



仕方なく光良の野郎も呼んでやって男三人で色気も無く買い物に出る。目的は「俺、色つきのがいい!これとか」「色なんかなくても十分だろうが!てめえは餓鬼か!」「お前も子供だろぉ!いいじゃん!」光良が煩いが、素麺だ。今は光良が色つきのがいい!って子供みたいに駄々を捏ねているので困っている。篠山はめんつゆ取ってくると言って別行動を取っているので、早く帰ってきてほしい。こいつを言いくるめたりするのは本当に骨の折れることだ。なんだよ、誰だよこいつを同じ万能坂に派遣しようとか言った奴。俺たちに押し付けやがって!「磯崎」ようやく、篠山が帰ってきた。腕にはめんつゆが抱えられている。「あー!篠山ぁ!篠山も色つきのがいいよね〜!?」「え?何、揉めているの?」篠山が俺の努力も露知らず、光良の持っている素麺と交互に見やった。「ああ、色つきが入っている奴ね。いいんじゃない?それくらい」篠山の奴は分かっていない。光良は色つきがちょびっとしか入っていないやつを買いたがっているのではないという事実を。篠山の了承を得た、光良が顔を輝かせた。「わーい!流石篠山〜!じゃあ、これね!」光良が今手に持っていたものを戻して、色つきの素麺が束になっている奴を篠山の腕に押し付けた。篠山が興味深そうにその素麺に目を留まらせた。「手に持っていた奴じゃなかったの?って、何それ。色つきが一杯入っている奴って売っているの?って高い!それは駄目!戻せ!」



「えー!なんでなんで!良いって言ったじゃん!嘘つき!ケチ!」光良の罵倒をものともせずに受け取った素麺を、棚に戻して普通の奴を手に取った。「これで充分だろう!光良!あんなに一杯入っていたら、レアじゃないだろう?」な?って言い聞かせる。確かにあの少量の中に数本だけ入っているから色つきの麺と言うのはレアっぽいのだろう。篠山に諭されて光良が、ようやく頷いた。……篠山はこういうのうまい。最初から俺じゃなくて篠山に光良のお守をさせて俺がめんつゆを取りに行けばよかったんだ。素晴らしい役割分担だよ、まったく!因みにその後は、特に問題もなくレジを通過して帰宅した。帰ってきても動いた気配が無い名前に声をかける。「おい、飯食うぞ」「アイス……?」こいつの中ではもう既にアイスが飯と言う方程式になっているのか?!馬鹿じゃねぇの!「だーかーら!アイスは飯じゃねーっつてんだろうが!てめえは馬鹿なのか?!あと、日射病とか脱水症状になるから、部屋に入るぞ!ったく」名前の体を背負うようにして、部屋の中へ入れて寝かしておいた。シードとかやめちまえ!軟弱野郎!俺に迷惑かけんな!光良だけでかなり迷惑しているのに!



篠山が戻ってきた。麺類のいいところは、すぐに食えるところだな。あと調理が割と簡単。だから、男とかずぼらな奴は麺類に偏りやすい(全員とは言わねーけど、俺もインスタントに頼りやすいのでやっぱり偉大だと思う)。「名前食べよ!」光良の騒がしい声に名前がようやく、顔をあげた。動作は相変わらず、緩慢だった。「これなら食べられるよね?名前が倒れたら俺たちも困るからさ。お互い様でしょ」「篠山……有難う」名前が瞳を潤ませて熱っぽく篠山を見つめているすきに、光良が色つきの素麺をかき集めていた。「あーっ!てめえ!色つきを独占しようとしているんじゃねーよ!くたばれ!」俺が止める頃には、色つきの麺は消え失せていた。あんな茶番に気を取られているから……!と己を叱咤した。光良はまだ食べていないので、皿の中には入っているが、きっちりガードをしていて取り戻せそうにもない。残った、白い麺だけでは気持ち少々味気ない。あれが程よいアクセントになっていて、入っていたら地味に嬉しいのに!この餓鬼!「あげないよ!」ってなんだよ!馬鹿じゃねーの?!



名前はあまり気にもしていないようだったが少しだけ残念そうだった。光良が名前の様子に気が付いてガードを緩めて話しかけた。別に緩めなくてももう取らねーよ。「名前……ごめんな!名前にはあげるね。名前は女の子だから、ピンクあげるね。まだ食べていないから箸もきれーだよ」「ありがとー」端をバッテンにしながら、ピンク色の麺を挟んで名前に寄越した。光良の皿の中には、青い色の麺だけが残った。それにしても……敢えて口にださねーけど、お前の箸の持ち方、小学生のころから一歩も進歩していねぇな!退歩していないだけお前の場合はましかもしんねーけどよ。いつもボロボロ零しやがって……。名前はニコニコしている、やっぱりお前も地味に嬉しいのかよ。何だよその無駄な優しさ、俺にも青いの一本くらいくれてもいいじゃねーかよ。「お前ら本当に飽きないよな……早く食べてよ。片付け遅くなるから」こんなやり取りをしている間に篠山が少し食っていた。確かに、片付けが遅れれば練習の時間も押しちまうな……。俺が箸を持った時に開けていた窓から温風が舞い込んだ。つるしておいた風鈴がチリン、と風に煽られて涼しげな音を奏でた。……夏の匂いがする。今年も、暑いな。



*色つきをかき集めてはしゃぐ光良君が書きたかった。きっと仲がいいと思いたい万能坂。篠山が落ち着いて光良を嗜めている感じ。役割分担(笑)状態。

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