エピキュリアンの葛藤



だいぶぼかした性描写。多分15くらい!に行くほどじゃないけど表現的な物はある。



自慢ではないけれど、女に困ったことはなかった。自惚れるつもりはないが、この容姿で勝手に女たちは寄ってくる。ただ、寄ってくる女に興味はなかった。遊びで付き合うくらいなら構わないけど。本気になられると面倒で仕方なかった。俺もそんなおつむの足りない人間に本気になることも無い。ただ、向こうから「遊びでもいいから、星降君」なんて上目づかいで女の匂いを纏わせて、俺の裾を掴まれると俺も「ああ」と頷いてしまう。俺にはすでに、好きな女がいたのだけど……俺のこの女癖の悪さを知っているようで、軽蔑の眼差しをよく向けていた。俺はそれを知っていたから、思いを封印することに決めた。



今日は、この間寄ってきた女を抱いた。どれも頭の悪そうで似た女ばかりだった。なのでぶっちゃけ、どうでもよかった。遊びだったし、この女のことなんて興味がなかった。ただ、此処に居もしない名前のことを思って、その女を名前の代わりにして抱いた。事の最中に女の喘ぎ声を聞きたくなくて、女の口を俺は手で塞いだ。そして、今までやらかしたことが無かったのに今日に限って果てる寸前に俺は、ついうっかり口を滑らせてしまった。「……っ、名前……」



あっ、と思った時には時すでに遅くて女が目を見開いて、時が微量一瞬だけ止まった。終わった後は最悪だった。パァンと乾いた音と共に「サイテー」と呟かれた。怒りか悲しみか、女は小刻みに震えていて涙を浮かべていた。それから、さっさと出て行ってしまった。もう、逢うことも無いと思う。馬鹿な奴。「遊びでもいい」などと自分から抜かしたくせに、俺がお前のことを本気にしたとでも思ったのか。なんて我ながら最低な思考をぶら下げて痛む頬を鏡で確認すれば、真っ赤に左の頬が腫れていて、左の頬を癒すように擦った。心なしか、少し痛みが和らぐ気がした。




翌日に昨日強くぶたれた頬を外の空気に晒しながら、登校すれば名前が俺を視界に入れるなり怒った顔をして俺の腕を強く引いた。どういう風の吹き回しだろう、あんなに俺のことを毛嫌いして不潔だの、最低だの思っているかのような軽蔑の眼差しを向けていたくせに。抵抗してもよかったけれど、名前に触れられたことに驚いてそのまま、のこのこと名前の後についていってしまった。連れていかれた先はまあ、ベタに屋上で、ついでだからこのままサボろうとか頭の隅で考えていた。



「あんた、どういうこと」「……意味わからないんだけど、主語がないし」「昨日はその端麗な顔を殴られたのね」悪意と共に嫌味たっぷりに言われて俺は、昨日殴られた箇所に手をやった。なんでその話を知っているんだろうと当然の疑問が頭を掠め尋ねるよりも先に名前がまた、話した。「……なんで知っているんだ、って感じね。あの子、私の友達なの」「え、」知らなかった。まさか、あの頭の悪そうな女がよりによって名前の友達だったなんて。最悪の展開じゃないか。名前は見透かしたかのように俺を見つめていた。鈍色の雲に覆われた空は一切の光を遮断する。自然と名前の顔に影を作っていく。「本当に最低ね、そのやり方」やっぱり、いつものあの侮蔑したような俺を汚いものでも見るかのような目を向けた。今までこんな目を他の女に向けられたことが無かった。名前だけだった。「別に。俺は好きだ、なんて一言も言っていない。向こうが勝手に寄ってくるだけだ」



思ったことを口にすれば、顔を強張らせて「もういい、あんたと話すだけ無駄ね」と吐き捨てた。俺にはもう興味が無いと言わんばかりにこの場から去ろうとする名前の腕を引き止めるように咄嗟に掴んだ。「離してくれる?」汚い。と言いたげに瞳を俺からそらさずに、手を振り払おうとした。俺の力の方が強いので、勿論振り払うことなんか敵わないのだけど。それでも、振り払おうとした。明らかな拒絶の色だった。「……何処まで聞いた?俺がセックスの最中にあんたの名前を言ったことまで聞いたんでしょ?違う?」



カアッと頭に血が上ったのか、表情が怒りに歪んだ。掴んでいない手を振り上げようとしたので俺は反射的に掴んだ。流石に二日連続でぶたれるのは勘弁願いたい。同じ個所殴られたら絶対痛いよね。「……っ!なんでなんでなんで!!」感情が昂ぶったのか、涙を浮かべた名前が叫んだ。「なんで、」少し落ち着いたのか最後にポツリとなんで、と言って口をきつく結び頭を垂れた。ぽたぽたコンクリートの地面に名前の涙が吸い込まれるように落ちていく。「名前が好きだからだ。もうやめるから」



好きだった。だからこそ、他人に名前の代わりにして抱いた。名前が手に入るならば、もうあんな女たちとなんか、全て手を切ってもいいのに。何度、ぶたれても構わないのに。俯いたままの名前を強く胸に押し付ければ名前の掠れた声が体に響いた。「……嫌だ、あんたなんか嫌い。離してよ」「あっそ」ほらね、やっぱり。無節操でどうしようもなく、だらしがない人間としか名前の目には映らない。そんなのは知っているのに。


title リコリスの花束を

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