シャングリラの崩壊



シャングリラシリーズの、終わり。救いなのか、救われていないのかわかりません。逆転。

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前回→住人


「ねぇ、夜桜。私、間違っていた……」「……へ?」唐突に何の前置きもなしに、今日顔を合わせてから何かを思いつめるような様子だった苗字が呟いた。目が充血していたのは、やっぱり何かあったからだとこれで確信した光良がいつもの調子で笑った。「あはははははははっ!何が?何が?何も間違っていない、名前は間違っていない!誰が言ったの?!ねぇ!ひゃひゃっ、あはははははっ!」




その日の昼休みに光良がわざわざ一年の校舎まで足を運んできて、磯崎を呼びつけて喚いた。磯崎よりも薄い色素の薄い肌にはびっしり跡がへばりついていたのが見えた。隠す気は無いらしいのかそのまま蛍光灯の下晒されている。周りは光良に対して以前にも増して触れたくないと言わんばかりに避けるようになっていた。「磯崎ぃ!名前泣かすな!」ただその瞳は以前と違い、正気を取り戻しており演じているだけのように磯崎には思えた(ただ、焦っているように見えるが)。「磯崎……俺、もう気づいているから。全部、全部。俺が選択したんだよ、間違っているのも知っている、俺が名前を愛しているから。だから、気づいちゃった。名前もそれに気がついた。いや、気づいちゃったんだ。でもね、俺の気持ちは変わんない、今も好き。でも、俺は名前に何も出来ない。だから、俺は名前の傍にいることに決めた」愛と言う安っぽい言葉に恥じることや戸惑いを見せることも無く、言ってのけた。



磯崎はリストカットをする前の光良の声を久しぶりに聞いた気がした。「……お前、」何かを言いかけたがこれ以上思いつかなかった。「気づいているから知っているから、だから、もう何もしないで。間違っていても、これでいいから。俺はこれでいいから」耳打ちをするように最後に小さく、だけど強く磯崎に念を押すように呟いた。「何もかもを知っていてそこに残るのかよ……」磯崎はそれ以上何も言えずただ、光良の背中を見送るだけだった。最後の言葉には僅かに頷いた気がしたが、磯崎の気のせいかもしれない。



万能坂と、サッカーで鍛えられた足は急な階段を踏み外すことも無く軽々と、階段を上る。一番上に、苗字が死んだ目をしたまま光良のことを待っていた。「どこへ行っていたの?」「あははっ、磯崎んところ!」「……磯崎君は悪くないよ。だって、彼の方が正しい。全て本当の事だもの。夜桜だって気づいていたんでしょう」私の自覚のなかった歪んだ自己愛に気づいていたことくらいと虚ろな遠い目で苗字が言ったのに光良は「気づかないほうがよかった?俺は気づかないでほしかったよ。そうすれば永遠にこのままだった。俺はね平気。辛くないよ。でも、名前は違うだろ?」と笑うのをやめた。その目は至極、真っ直ぐでまっとうだった。「わかんない、……ごめん、もうわかんない、本当に。ただ、」誰かに必要とされて愛すだけでよかった。そうすることで心が満たされていた。たとえ間違ったことであっても、喜ばしく思った。「もういい、もういいからっ!名前、今度は俺が助けるから。だから、それでいいでしょ……?」光良が小刻みに震えながら、苗字を抱きしめた。優しげな泣きそうな顔をしながら苗字を慈しむように髪を撫でた。



苗字がそんな光良にしがみつくように縋りついた。光良の制服にくしゃくしゃと皺を作る。立場が逆転した。世界が逆転した。「助けて、夜桜。本当に必要な人間は私なんかじゃなかった、」本当に心の弱い人間は光良ではなくて、苗字だった。光良はもう何もかもを悟っているのか、大仰しいほどに瞳を糸のように細めて苗字を離すまいと腕に込めていた力を強めた。もう光良の中に不安は残っていなかった。間違いだとは気付いていた、だけどもう決めていたことだった。誰にも邪魔をさせる気は無い。「うん。助けるよ、俺には名前が必要だよ。だから、一緒にいよう」「それ、前にもどっかで聞いた」苗字はその言葉に聞き覚えがあった。苗字が考える、「ああ、そうだ。それは、」紛れもなく昔に、自分が光良に向けた言葉だ。そして、今度はその言葉をそのまま苗字に向けられている。「あっはは、ははははははっ!夜桜あ、私の方が可笑しいや!夜桜ぁ、どうして、」苗字が笑った、光良は笑わなかった。廊下を通る人々が、足を止めて奇異な物を見る目で見ている。そうだ、世界は倒錯したまま。「……、今度は俺がいてあげる」(それに気が付きながらもそこに、残ることにした。これが俺の答えで俺の愛、だ)



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