もう、手遅れです



好かれる、ということは決して悪いことじゃない。ただ、節度や限度みたいなものはあるべきであると私は思っているが。好かれるということ自体は先ほど述べたようにプラスの事柄である。嫌われるよりは好かれる方がいいに決まっているのだから。だが、これは正直どうか、と思うのだ。



「名前っ……!そ、その……今宵は我の部屋で一晩共にしないかっ?」「やめれ!あんたには恥はないのか?!」心からの本音でばっさり切り捨てても、まったくめげたりしょげたりしない所を見ていると彼は本当に素晴らしいくらいの強靭な心の持ち主だということが伺える。何故好かれたのかは、不明瞭なのだが。最初のうちはまあ、真剣に取り合っていたのだ。これでも。そのうち、真剣に取り合っていてはこちらが、もたないという判断に至った。まともな精神の持ち主ではこれは無理だ。精神崩壊を起こすぞ!「何故だ、何故……我の思いが通じぬのだ。こんなに好いているというのにっ……!」がくっと膝を大げさに地面につけて、嘆いている。もうやだ、関わりたくない。他人と言う関係性に戻りたい。こんな気持ちある意味初めてだ畜生。「……しかし、我は決して挫けぬ、負けぬ。必ずや、我が思いが通じることを信じて……っ!」勝手に自分の中で決意を固めたのか、グッと拳を握りしめる。あーあ、やめてほしいなぁー。なんてはた迷惑な男なんだろう。



「おはよう、名前」この間、転校してきた南沢さんが声をかけてくれた。彼はいわゆるイケメンの部類に分類される男子であって、女性陣からよくキャーキャー言われている。私が異性に生まれたとて、あんなに恵まれた容姿に果たして生まれたであろうか。兵頭も少し古風だけど黙っていればいい男だというのにまったく、勿体ない話である。逞しい体しているんだしさ。私はこいつのストーカーみたいでしつこい本性を知っているだけに遠慮したいけど。「おはよう。南沢さん」「……くっ、我との差は一体なんであろうか。ま、まさか名前は南沢をす、好いているのか?!」そりゃ、あんた「おはよう」の挨拶よりも先にセクハラみたいなこと言われたら誰だってそうなるよ。兵頭が可笑しいだけで私は正常だ。



扱いの差に僅かにへこみながらも何か変な勘違いをした兵頭が、南沢を血走った目で睨む。なんか頭痛がしてきた。アイタター。あれ、私もう偏頭痛持ちなのかな?「は?兵頭っ!勘違いしないでよ!挨拶かえしただけじゃん!」南沢さんは面倒事に巻き込まれそうだと、察知したのか逃げようとしていたがタイミングが悪かったようだ。その肩をグッと兵頭が力強く掴むのが早かったのだから。「名前をかけて……決闘を申し込む……!」「……はぁ?」南沢さんがどうすればいいんだと言わんばかりに、逃げ出そうともがいていた。兵頭のギラギラと闘争心に燃えた、瞳。先ほどの台詞も冗談だと思いたいのだが、マジなようで顔が真剣そのものだった。ていうか、今の台詞が一番ダメージ大きい件について。南沢さんポカンとしている上に何言っているんだこいつって顔したじゃないか。「…………はぁ。兵頭って逞しくて素敵だなー惚れちゃいそうー」まったく心を籠めずに心にもないことを言うと、掴んでいた手を離した。いきなり、離されて少しよろめく南沢さん。ごめんなさい、こんなことに巻き込んで。



南沢さんが助かったのか……と一度ため息をついた後に、少し乱れた髪の毛をかきあげてもう巻き込まれたくないと言わんばかりに、ヒラヒラ手を振って去って行ってしまった。救えてよかった……と安堵していたら今度は南沢さんに変わってそのやたらに筋肉質な腕に私が掴まれた。これは、逃げられない。体格がかなりいい兵頭から逃げるなんて至難の業だ。そんじょそこいらの女子ではまず、無理だ。男子でも華奢な人はまず、逃げることは厳しいだろう。現に先ほどまで目の前にいた同じサッカー部の南沢さんですら、無理だったのだから!要するにまずいことに発展したということだ。「今のは、まことか?!」「ひっ!兵頭!落ち着いて!今のはその、冗句だからっ!」「冗句…………だと?」兵頭の声が地を這うような恐ろしいものに変わって、目が座っていた。これは、やばいというのは頭がたとえ悪かろうと流石に私でもわかる。言っていいことと、悪いことがこの世の中にはあると言うが、私が言ってしまったのは後者らしい。「……わわわわ、悪かったよ!ごめん、怒んないで!」



怒っていると思われた、兵頭の顔が元に戻っていた。「否、怒ってなどおらぬ。少々、考えたが確かに名前の言うとおりだ」「わ、わかってくれたんだ?!」今まで散々兵頭に言ってきたことが伝わったとガッツポーズを取ろうとすると、兵頭が言葉を続けて愕然とした。「要するに、我の肉体は申し分ないがという意味であろう?」「は?にくたい……?」え?なんか、やばい気がする。確かに逞しいとは言ったがそういう意味ではない。(勿論、弛んでいるより引き締まっている方が断然いいが……)「我としたことが不覚。男児たる者、肉体ではなく心で勝負せねばなるまい!」……激しく勘違いを起こしているようである。それにしても、この男やけにプラス思考である。「今に、名前に相応しい男児になって見せるからな!待っておれ!そして、完璧な男児になった時名前の答えを聞かせてくれ!」益々籠る腕の力、抜け出すのは不可能。誰かー、たすけてくださーい。


title リコリスの花束を

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