この感情に何と名前を付けようか



クラスの大抵の奴は俺のことを、「プリンス」などと呼んで持て囃すので俺も気恥ずかしいとは思いつつも別段、害もないので放っておいていた。悪意のない純粋なそれらは然程、気にもとまらない。……ただ、一部を除いて。(そう、放っておいたのがいけなかったのだ)休み時間、購買にでも行くかと席を立って教室を出る。「あっ、プリンス(笑)だ」「あー、本当だ。名前目がいいねぇ〜」声が聞こえてきた。……扉の向こうにはなぜか二年の西野空と名前がたむろっていて、一年に紛れていた。勿論、周りは二人が一年ではないとわかっているので、それとなく避けて通っているのだが……まったく、迷惑な上級生だ。因みに、名前と西野空はことあるごとに俺を小ばかにしてくる。つまるところ、これも日常茶飯事なのだ。最近はめぼしいネタもないのか「プリンス」と皆と同じように呼んでくることがあるのだが、それには嘲笑の意である(笑)というものが含まれており、俺は腹が立って仕方がなかった。前まではこんなことなかったのだけど、何処でこのネタを仕入れてきたのか(恐らく周りが勝手に呼ぶせいだけど)今ではこのネタは鉄板だ。早く奴らの脳内から消え去ることを願うばかりだ。



この際はっきりと言うが、俺は自分のことをプリンスなど自称した覚えはない(残念だが、そこまで自惚れてはいない)。周りが勝手に言っているだけである。だからこそ、特に名前に馬鹿にされるのはとても、悔しく思ってしまうのだった。意図せずとも体が熱くなっていく。怒りと羞恥の両方である。「くっ!何がプリンス(笑)だ、馬鹿にしやがって」「……キャー、怒ったー!」「ほんと、短気だよねぇ。このくらいで怒ってさぁ、カルシウム足りてないんじゃなーい?じゃ、ファルコウィング食らう前に、逃げよっかぁ、名前」西野空が傍から見れば少し強引にも見えるような感じで、名前の手を引いた。名前がよろつきながら、俺を一瞥したあとに西野空の手をしっかりと繋いだまま空いている片手で俺に小さく手を振った。(手を握られることには、抵抗はないのだろうか)俺は手を振りかえさずに睨みつけたまま、地面に足が縫い付けられたように立ち竦んで動けないでいた。



「はぁ……」珍しく、名前と西野空のコンビがやってこない。何事かと思えば、今日西野空は学校を休んだらしい。まあ、どうせ仮病だから見舞いの必要もないだろうが。何となく、西野空と名前が来ることが日課だったせいか物足りないと思ってしまう自分がいた。基本的に学校に居る際は名前は西野空と行動を共にしているため一人だとこちらへはやってこない。……つまり俺はいい玩具なんだろう。西野空と名前にとっての。「……」……、突っかかる相手が居なと言うのは割と味気ないらしい。たまには俺の方から名前でもからかってやろうかと思い(割と名案だと思う)教室を後にした。



名前の教室の前について、教室の陰からそっと覗く……正確には覗くつもりだった。二年生の顔や名前を知らない女生徒が「あら、プリンスよ」「今日は西野空君も休みだけど……何か用かしら」なんて取り囲むもんだから、その騒ぎを窓辺で黄昏ていた名前が気付かないはずもなく外の景色から俺へと視線を注いだ。いつになく、寂しそうな気がした。西野空が居ないせいだろうか。「……あ、プリンス(笑)だ。何か用?」……気のせいだったのかもしれない。いつもの調子で小馬鹿にした様子で俺の元へやってきた。囲んでいた上級生たちも名前の来客だと気付いたようで散り散りになっていった。「……いや、今日はこねぇんだなって」



「あはは、プリンス(笑)は寂しがり屋なんだね」名前が笑んで見せた、勿論悪意を感じる。別に寂しいとかそういうんじゃねぇよって意思を伝えれば尚も笑っている姿が視界に入った。何だよ……そんなに笑うことか?名前の笑いのツボと言うのは、わからない。少なくとも俺は笑えないし、真剣だったのだから。「なんでお前、俺の事馬鹿にするようになったんだよ」前までは至って普通の関係だったじゃないか、と遠回しに嫌だということをほのめかせば名前が瞬いた。「……んー、西野空の影響?」発言の前の空白が、気になりながらも突っ込めずに「そうかよ」ぶっきら棒に腕を組んだ。西野空の影響……確かに有りえなくもないだろうが、先ほどの間的に何かを考えていたか、恐らくは別の理由があったのではないかと邪推してしまう。人間の悲しい性って言う奴だ。「西野空……と付き合っていたりするのか?」



これは前々から気になっていたことである。いつも西野空とばかり行動を共にしている上に、随分と親しげに話している姿ばかりを目撃するもので、俺はもしかしたらと思っているが……。名前は真剣な俺をよそにおなかを抱えて笑い出した。「あはははははっ!それは無いよ!流石プリンス(笑)!想像力が豊かだね!」「なんでだよ。いつも一緒に居るじゃねぇか」そんなに笑われる謂れはないときつく睨み、眉間に皺を寄せれば「ごめんごめん」謝られた。勿論、形式だけの謝罪であって心は微塵にも籠っていないわけだが、仕方ないので俺も表面上だけ許す。ひとしきり笑った後に落ち着きを取り戻した。「……はぁ、笑った笑った」「そんなに笑うようなことかよ」だって俺が知る限りでは、誰よりも行動を共にしていて仲がいいのは西野空なのだから、俺の憶測が違ったとしても勘違いするのは仕方がないじゃないか。



面白くない、むすっと膨れっ面のまま睨めば名前が言った。「いや、だってさ。私、好きな人いるからさ。ああ勿論、西野空じゃなくてね」「へー」その辺については興味はあるものの特に聞き出そうとも思わないのだが、西野空以外……となると誰なんだろうな。想像力が豊かとはいえない俺には想像もできない。必要以上の詮索は気まずくなるんだろうな。「……」名前が無言で俺の様子を伺うように見据えていたが、やがて諦めたかのように額に手で触れて首を振って見せた。「……想像力乏しいね」さっきと真逆の言葉を俺にぶつけた。貶しているのには、変わりがないのだが怒る気にもなれずに無言でいた。(本当、なんで名前に逢いに来たのかわからなくなってきた)「普通さー、一年生の校舎の方なんて私たち用事でもない限り、行かないんだよ。私はそこに、逢いたい人が居るのね。西野空は私に付き合ってくれているだけに過ぎない。じゃあ、英聖君」



後は自力でこの問題について考えてくれと、名前は教室の中に入って行ってしまった。俺の呼び掛けにはもう答えない。どんだけ鈍感だろうと今の大ヒントがあれば気が付いてしまうにきまっている。初めて呼ばれた下の名前にドギマギしてしまったのに言い訳が欲しい。



携帯の画面に顔を押し当てて、電話の向こう側の人間に応答を待つ。「あ、西野空〜?」どうやら、電話の向こう側の相手は西野空のようで、西野空の間延びした声が雑音交じりに耳に入ってきた。「もう、名前もまったく素直じゃないんだからぁ……」「……しょうがないじゃん、」電話での開口一番がそれでシュンと僅かに薄い壁に背を付けて、天井を見上げた。「……別にいいけどさぁ。でも今日メールに書いてあったけど、隼総の方から訪ねてきたんだってぇ?」「そう、珍しいよね」今日の珍事を思い出しながら、名前がそのまま体を倒して楽な体制に入る。「んー、そうだねぇ。まー、よかったじゃん。名前、隼総のこと前々から好きだったんだしさぁ」「……うん……、ただ。明日からどうすればいいかわからない」すぐに明かすつもりではなかったと少し後悔しているような様子で、焦りの色を浮かべた。



「まー、名前がどうするつもりかは知らないけどぉ、僕は……協力してあげるからねぇ」「ん、有難う。っていうか、明日はちゃんと来てよ?」「わかっているってぇ、サボりサボり煩い人がいるから〜」「サボりもほどほどにね」やっぱり、仮病だったようでいつもとなんら変哲のない声色が揺れた。誰を恐れているかをわかっている名前が苦笑した。


title  リコリスの花束を

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