帰りたい場所があった



叩き落とされるだけのトリップ話。中々最悪。途中まで宵一君は優しいです。後半はやたらに辛辣。

永遠の夕暮れ時

何の因果だろうか。誰も知らない世界に行きたいと願い続けた結果なのか、はたまた向こうで消えたいと願い続けた結果なのか。最後の記憶と言えばオレンジ色に染まった夕日をバックに、私がマンションの五階から飛び降りたのだ。だが地面に頭を叩きつける瞬間に、天井に大きな穴が開いて仄暗い闇に足を取られたのだ。肉体が向こうでどうなっているのか知らない。まず一番先に、聴覚が覚醒した。子供たちの笑い声と、カラスの鳴き声、それから電車の通る音を耳が拾う。次に視覚が覚醒した。くすんだ淡黄色の髪をした男の子が私を見下ろしていた。それから、少年の後ろに広がる空はオレンジ色に燃えていた。そういえば、最後に見た景色もオレンジ色だった。私は草原の上に寝転んでいた。草の柔らかさと青々とした匂いを感じる。



「気が付いたのぉ?大丈夫ぅ?」私は胡散臭い笑顔を浮かべた少年の問いかけに対して「ええ、大丈夫みたい。有難う」とぎこちなく笑顔を作って見せた。それから、手を空にかざしてグーパーグーパーしてみせる。どこも痛くない。つまり死んでいない、生きている。しかし、此処は何処なのだろう、私の家の近くには河川敷はない。瞬間移動でもしたのだろうか?はっ、まさか。私にそんな能力はない。私の最後の記憶は前述の通り、マンションの五階から飛び降りた記憶である。一度辺りを確認するようにきょろきょろと見回した。子供たちのサッカーをしている姿が目に入る。微笑ましい光景だ。だがよく見れば私の世界の物と少し異なっていたのに気が付いた。なんだ、あれ。ボールが炎を纏ってゴールに突き刺さるって。基本ルールは同じのようだけど。無言で見つめていたら、「おーい、生きているぅ?」少年に手を翳された。



体を起こして、考える。此処は何処だ?まずは場所を把握するのが先決だろう。「此処は何処?君は誰?」少年は「はぁ?」と言った失礼臭い物言いで「此処はぁ、稲妻町の河川敷でしょぉ?僕はぁ、西野空宵一。あ、宵一でいいよぉ、君はぁ?」って、先ほども浮かべた何処か信用ならないような胡散臭い笑顔で笑った。「私は名前、苗字名前」相手に名乗らせて自分は名乗らないわけにはいかないので素直に本名を名乗った。しかし、稲妻町……?聞いたことが無い。幸いにもポケットに、携帯が入っているのに気が付いて携帯を取りだす。開いて見たら圏外と書いてあった。むごい、場所を把握したかっただけなのに。「……」だが、こんな開けた場所で圏外なんてあるのか?田舎なら有りえるけれど、まさか壊れているのか?連絡手段が断たれた?私は持っていた、携帯を宵一に見せた。「此処は圏外なの?宵一、携帯持っている?」宵一は携帯を食い入るように見つめた後にとぼけた様に首を、傾けた。「まさかぁ、圏外なわけないじゃん〜?僕のは、ほら大丈夫。名前の壊れたんじゃないのぉ?」



宵一が通学用の鞄と思われる鞄の外ポケットから携帯を無造作に取り出して、見せた。アンテナは三本きちんと立っていて、良好のようだった。私はもう一度携帯を開いてみた。やっぱり、アンテナは一本もたっていないようだった。何度見返しても同じことなので若しかしたら、此処が夢の世界か死後の世界なのではと次第に思えてきた。自分でも愚かしいことを考えていると思うが、自分の最後のことを考えるとやはり、死後の世界が妥当に思えてきたのだった。「ねぇ、此処もしかして死後の世界?」「何、名前頭でも打ったのぉ?」「だって、私……気が付いたら此処にいて……携帯も圏外だし」つらつらと言い分を述べていく、この世界は限りなく自分の世界に近い。だけど、確信めいたものがあった。何かが違う。何かが異なっている。



「あれも、サッカーに似ているけどなんか違うし」「何言っているのぉ、ただのサッカーじゃん?何の変哲もない」「んなわけないでしょ!火吹いていたじゃん!有りえない!それに……だって、私……マンションの五階から飛び降りたはずだから」瞬間、気怠そうな瞳が大きくなった。嫌悪とかそういう色々なものが磨り潰されたような、感情を含んでいた。「はぁ?何、自殺ぅ?やめてよねぇ〜そういう話ぃ、君も僕と年齢対して変わらないのにぃ、何悲観しているのぉ?」「いや……まあ、色々。あ……宵一、私の住んでいるところ○○って言うんだけど知っている?多分、近くだと思うんだけど」宵一がよくわからないと言った顔をした後に、携帯を弄りだした。どうやら私が言った場所を携帯の地図で調べてくれているようだった。「え〜?○○〜?初めて聞いたなぁ……この辺じゃないんじゃない〜?よっ、と……。うーん、地図にも出ないけどぉ?」



まさか、私この世界に取り残されて家に帰ることもできない?地図は見せてもらったけど、そんな地名は存在しないと確かに出ていて宵一の言い分は正しいことを証明していた。つまるところ、私には帰る場所もなくなったわけだ。「……嘘、だ。死ねなかったどころか、変な場所に来ちゃうなんて……あれかな?本当はベッドの上にいて、夢でしたってオチ?ははっ、有りえそう……」「やめてよねぇ、そういう不謹慎なこと言うのぉ。君は生きているじゃん。ほら」ペタリと何の前触れもなく、私の手と頬に触れて微笑んだ。救われるような気がした。暖かい。やっぱり、私は死んではおらず、生きているのだと肌に触れて、実感した。「……ねっ?帰る場所無かったらぁ、僕の家にきなよぉ」



私は驚いた、見ず知らずの人間に対してそんなことをいとも簡単に言ってのけたのだから。「駄目だよ。有難いけど、私の言うことまともに受けちゃ、嘘つきな犯罪者かもしれないじゃない」申し出は嬉しかったが、何故彼が純粋に私の話をまともに受けたのかわからずについ反発してしまった。もしも、私が彼を陥れようとしている悪い犯罪者ならば、どうする?彼の骨の髄までをしゃぶるような奴だったら。私の意見とは真逆で彼はあっけらかんとしていた。「だってぇ、自殺とかぁあんまりよくないこと言うしぃ、そういうの僕、嫌だしぃ。僕達もう知りあいじゃん?知り合いに死なれたくないじゃん?」死なないでよ、そんなの悲しすぎる。見た目が不良っぽいのに、こんなこと言われたら私だって泣いてしまう。宵一は慌てた様に、「な、泣かないでよぉ」って間延びした声を響かせて、私の背を撫でた。



宵一と暮らして、三か月ほど経った。宵一は、見た目だけの偏見でもっと荒んだ人間なのかと思いきや、そうでもなく優しさを兼ね揃えた男だった。現にそうでなければ、私と暮らそうなんて提案は言いださなかったと思う。あれから、色々な物を見比べて間違い探しをしてきた。それは、とても難しいものであった。結論からして、この世界は私のいた世界とは違う。宵一も、私の考えを言ったら「そうかもねぇ」興味なさそうに、そう納得した。どうやら、彼は私が何処の誰かを気にしていないようだった。よくいえば、人がいい。悪く言えば、不用心だ。この世界の殆どは前の世界と変わらない、食べ物や言葉なんかは同じだし。ただ違うことと言えば中学校のサッカーは支配されていることとか、有りえない髪型、それから変なサッカーの技。そういうちょっとした違いだけであった。



最近は、前の世界の話をすると宵一の機嫌が悪くなる。私もこの世界に馴染んできていた。此処から帰らなくてもいい、此処に居たければずっといればいいと宵一が言う。私は不安になった。次第に本能が帰らなければ、と訴えかけるようになってきていたからだ。何故と自問する。此処は平穏、此処は素晴らしい世界だ。向こうとは違う、私は此処に居て死にたいなどと愚かな考えを持ったことは一度もない。それでも本能が言う「帰らなければ」と。よく、脳裏をオレンジ色が支配する。それは、あの日に見た空、だ。「宵一。私、河川敷に行ってくるね」宵一の視線が突き刺さった。チョコレートを食べていた手を止めた。べったりと溶けて宵一の手の上を滑る。ジト目で睨んでくる。「なんでぇ?まさか、帰りたいって抜かす気ぃ?」



「ち、違うよ「あのさぁ、君、言ったよねぇ?君は自殺を図ったんだろぉ?名前の死を悲しんでくれる人っているの?名前を待っている人は向こうに居るの?向こうの世界は誰も君を待っちゃいない。君なんか居てもいなくてもおんなじなんだ。そんな辛い世界に帰りたいとでも言うの?」「っぅ……」「……でも、此処は違う、」はぁ、と甘ったるい息を吐いて宵一が顔を近づけた。こんな邪悪な顔をする男だったけか、宵一は。「僕は名前が、好きだよぉ」愛の言葉を囁いて甘くなった唇を寄せて私に口づけた。甘ったるい匂い同様に甘いチョコレートの味が少しだけした。宵一が離れて、椅子に深々と腰かけた。彼の定位置だ。「此処にずっと居なよ。ほら、おいで名前、良い子」媚びたような甘えた声、有無を言わさぬ圧力。私が外へ向かおうとしていた足が自然と宵一に一歩、また一歩近づく。良い子だね、声がする。あともう一歩って所でくらりと眩暈がして足がもつれた。バランスが崩れる。「名前?!」宵一の悲鳴にも似た叫ぶ声が耳をつんざいた。宵一が慌てて私を掴もうと腕を伸ばしたが、それは届かなかった。



目を開けたら、あの日見たオレンジ色の空が広がっていた。腕が、足が変な方向に曲がっている。痛みが酷い、寒い。血がとめどなく流れている。もう春はすぐそこだというのに、雪がヒラヒラ舞い落ちてきた。「宵一」声を出そうとしたのに、辛そうなヒューヒューという呼吸音が零れるだけで言葉にならなかった。前に言ったオチより酷いや、冷たいコンクリートの上なんだもの。でも、どうやらこの世界に帰ってきたらしい、そう確信した瞬間に死にたくなった。何故、あの時帰らなければならないのかと思った理由がわかった気がする。宵一の言っていたことは正しかった、此処には待っている人なんかいない、愛してくれる人なんか居ない。生きる本能が此処へ私を戻しただけにすぎやしないのだ。それでも、私は向こうへ(宵一に)帰りたくなって目を瞑った。されどもいつまで経っても、帰れなかった。オレンジ色の空を見つめたまま、やがて自然と動かなくなる。




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