シャングリラの住人



磯崎君に責められる。
前回→帰す
次作→崩壊

物凄い剣幕をした、磯崎君に渡り廊下で掴みかかられた時私は何故だか何となくわかった。夜桜の事であろうと、これは推測の域を過ぎなかったが次の磯崎君の発言でリアルへと変わる。「てめえ!てめえのせいで光良が悪化したじゃねぇか!」女子に対してやるべきではない、胸倉をつかむという行為にも慌てながら私は、夜桜のことを思い出した。虚ろな、されど何処か嬉しそうな悲しそうな複雑に入り混じった表情で。「あのね。名前、手首切っちゃった」目の前の磯崎君が怖くて涙ぐんで彼を見つめていればやがて、正気に戻ったかのように手から力が抜けていき、私の胸倉から手を退かして力なく項垂れた。人通りはこういう時に限って少ない上に、静謐としており誰もが皆黙認する。



「お前、光良の事なんか好きじゃないだろ」磯崎君の特徴的ともいえる、変わった髪型が目に入った。食い入るように見つめる。「何故?好きだよ、夜桜」「嘘つくなよ、お前は可哀想な光良が好きなだけだろ、俺から見たらてめえのほうがよっぽど可哀想な人間だ」掠れた、磯崎君らしくない声だった。“可哀想な光良”その単語を聞いて急に腹の底の方から笑いがこみあげてきた。「あはっ、あははは、はははははははははっ!」磯崎君がパッと顔をあげて私を見上げた。背丈は僅かに私が勝っているから、ほんのりと見上げる形で。何もかもが面白いものに映った。脳髄にまで響く、笑い声。いつもならば、これが私の声ではなくて夜桜の笑い声だというのに。「お前、頭可笑しい。光良の方がよっぽど正常だ」「ひひっ、あはっ、はははははははははっ!」夜桜のまねをしているわけではないというのに、昔よく聞いた夜桜の笑い声にそっくりだった。「くだらない自己愛に歪んだ、気持ちの悪い人間じゃねぇか。光良はもう正常なのに、リストカットとか馬鹿な真似しやがる。てめぇのせいだ、全部全部。てめぇの」声は責めたてているというのに、同時にとても可哀想な人を見る目で見ている。あの痛ましい。と言わんばかりの瞳。どこかで見た記憶がある。はて、なんだっけと手繰り寄せると記憶の片隅に夜桜が居た。あの日の深夜に夜桜が私を見た目とそっくりだった。



「あはは!!なんだ!そうかっ!夜桜も私を哀れんだのか!くくっ、えへへっへ、」そうだよ。磯崎君、夜桜、君たちはとても聡い。正解だよ私は、本当の意味で人を愛せない。「……なんで、てめぇが泣くんだよ」泣きたいのは光良の方にきまっているって、言った。そうだろうね、そこに愛なんか存在しないというのに未だに、夜桜と居るのだから。ならば何故、夜桜は私と一緒に居るのだろう、それだけがわからないの。「磯崎君、もうどうしたらいいかわかんない」磯崎君の制服を握りしめて、項垂れた。ただ、誰かに必要とされて愛したかっただけなの。そんな言い訳がましい言葉に磯崎君は可哀想な目で「そうか、」と呟いた。これが、くだらない歪んだ自己愛だというのならば、私はきっと彼の言うように可哀想な人間なんだろう。本当の意味で人を愛すことが出来ない哀れな人間。今、此処に私を抱きしめてくれる人間がいない。「助けて、夜桜」無意識に助けを求めていた。こんな時にだけ助けを求める非情な人間。本当に私を(彼を)必要としているのはどっち?「てめぇは本当、」


“可哀想な奴”憐憫の情が込められた声が聞こえた。過剰なまでの可哀想が、突き刺さって零れおちた。



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