シャングリラに帰す



彼女が嫌すぎる。主な成分は治りかけていたヤンデレさんと性格が捩じり歪んでいる夢主。おk?流血表現も有

次作→住人
次々作→崩壊


俺は今までこのままでいいのかずっと疑問に思っていた。俺は誰の目から見ても明らかに名前の負担だった。名前は優しいから俺を見捨てないだけであって、他の奴らだったらとっくに見捨てていたと思う。だから、変わろうと思った。名前と極力逢わないようにして、精神を安定させていった。今日は磯崎が部活の終わりに「お前最近、安定しているな」と言ってくれた。「ああ、名前に今まで迷惑かけたから!」と俺が言えば、磯崎は険しい顔をちょっとだけ崩して「そうか」とぎこちなく笑ってみせた。思えば俺は磯崎が怒っているところばかりを見ていた気がする。半分は俺のせいなんだけど。でも磯崎は俺の変化を好意的に受け止めているらしい。名前もそうだといいな、って思った。それが、名前を俺の家に呼ぶ少し前のお話。



抑揚のない声で、吐き捨てるように「じゃあ、もう私はいらないね。夜桜は一人で平気だね」って名前に言われた。俺はわからなかった。だって、俺はてっきり名前も今日の磯崎のように好意的に俺の変化を受け止めてくれると思っていたから。不安定な俺を(癇癪を起し、混乱し喚く俺を)いつまでも見捨てずにその真摯な態度を崩さずに一緒に居てくれた名前の負担になりたくなくて変わろうと思っていたのに。こんな結末、望んでいないし考えてもいなかった。俺は文字通りぽかんと口を開いて暫く呆然としていた。それから「え、え?」と以前のような不安定さを滲ませる。じわじわと地道に、されど確実に染みが広がっていく。
「じゃ、もう帰るね」



今の俺に興味はない(失せた)と言わんばかりに清々しい程の微笑みを浮かべて名前が俺の部屋から出て行った。遠くから、バタンという重音な扉のしまる音が虚しく響いた。以前と全くなんら変わりのないレベルで頭の中は混乱していた。名前はつまり、安定した俺なんかイラナイって言いたかったんだ。俺は、俺、俺俺。
「い、やだ、助けて、たす、け、で……っ、捨てないでぇ……ぅあ、あああああっ」
震える声は情けないだけだ。頭を抱えて地面に倒れこむ。この声は出て行った名前には届かない。どうしたらいいんだろう!急に心が乱れ始める。呼吸がままならない。息が止まる、脳に酸素がいかない。結果的に思考力が鈍っていく。どうしたらいい、それだけが木霊して何も行動できなくて床に倒れこんだまま動けない。



どれほど時間が過ぎたんだろう。気づけば冷たく大きい窓からは星とまん丸い月が顔を覗かせていた。真ん丸いって思ったけどよく見たら少しだけ端の方が欠けていた……どうでもいいや。カーテンを閉めなきゃ、と意識では思っているのに体が硬直していて動かなくて目玉だけを動かして確認する。時間は今、何時なのだろう。意識ではそう思ったのに、時計を見る気になれない。気怠くて、ただボーっとしていて、何もしたくないし動けない。俺はずっと起きていたのか?それとも、今まで眠っていたのか?記憶が飛んでいる、体の節々が痛い。喉がカラカラ乾いていて、飲み物を欲している。「……」胃が空っぽだ。名前に逢いたい、逢いたい。俺は一人ぼっちになった。変わらなければよかった。あのままでいればよかったんだ。俺が間違っていたんだ。名前を放って変わろうとなんか、(馬鹿なことを)しようとしたから。だから、軋轢が……歪みが生じたんだ。



ならば、元に戻せばいい。



俺の意識の中で誰かの声がした。ああ、そうだな。元々の俺はこんなのじゃないんだから、以前に戻ることなんて……簡単じゃないか。なんてことはない。ようやく、考えが纏まった俺は冷たく固い床から体を起こして台所に向かった。蛇口を捻りコップに水をなみなみと注いで、口をつける。ごくごくと喉を通っていく冷たい液体は美味しいともまずいとも感じられないが兎に角、満足するまで求めた。だらしなく口の端から零れる水を手で拭って、包丁を取り出した。閃々と月夜に輝くそれを腕に宛がって横に引く。ただ、それだけの単純な作業。ドロドロとした血液が包丁と服を汚すまでの時間はものの数分だ。



携帯を取って名前に掛ける。音が鼓膜を震わせる。一、二……三。まだかな、まだかなあ……!プッと音がして名前の声がした。「夜桜?どうしたの、こんな真夜中に」名前の声は眠たそうで何処か不機嫌さを帯びていた。……時間、そういえば気にしていなかった。時計を見る気にもなれなかったから。ああ、そうか、今は深夜なのか。どおりで周りは静まり返っていて人の気配がしないわけだ。「あのね、名前。手首切っちゃった、今から来てよ、早く早く!名前が必要なんだ」俺ね、気づいたよ。名前が俺を好きなんかじゃないってこと。「……え?本当に?」その証拠に、ほらね。名前の声は俺の体が傷ついたのに嬉しそう。弾む声が何よりの証拠だよ。床にたれた俺の血が乾いてきている。指で拭えば、伸びて汚れが広がる。「うん。来てくれるの、待っているから、ずっと。だから早く、キテネ?」




電話を切って携帯を閉じた。名前は必要とされたいだけ。相手はそう、誰だってかまわない。ただ、不安定な俺に必要とされているという事実、それから傷ついて不安定で可哀想な俺。それに名前は溺れているのだ。深く深く、深みに嵌る。ぬかるんだ深い泥沼、そこに足を取られてそこから這い上がれない。俺は選択する。自らの意志で選択する、これでいい。……チャイムが鳴った。こんな時間になれば、郵便も無ければ友人も訪ねてなんか来ない。名前だ。急いで玄関に向かってチェーンと鍵を外す。「名前、待っていたよ!ほら、見て!あはははははっ、ひーっひひひひひひひひ!ねえ?また、一緒に居てくれるよね?ねっ?」ちゃんと、見てよ。(ほら。傷口が大きく開いていて、だらだら汚い血が流れていてすごく痛そう。っていうか痛いんだよ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ!俺ってとっても可哀想だろ)そういって切りつけた腕と包丁を見せつければ名前の端麗な顔が、嬉しそうに歪んだ。それから、俺の頬を一筋の涙が流れた。俺も嬉しいはずなのに、あああ、もうわかんないや。ただ唯一わかることと言えば俺って(名前って)本当可哀想。





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