ハミングバード



!姉弟、恋愛ではないかもしれないけどお任せで。

次の話→ソングバード
次々の話→バードケージ

名前さんは、俺よりも容量も悪い。それから、男を見る目がない。何度も男に騙されたり、浮気をされたり、捨てられたりしているのを知っている。それでも、俺にとってはたった一人の姉であり兄弟である。実際に両親は俺に対して過大な期待を寄せていたが、名前さんはそうでない。両親は名前さんにも最初は同じように接していたが、名前さんは音楽も勉強も嫌いで投げ出した。名前さんにはお淑やかな習い事は似合わないし、性に合わないようだった。外見は、お淑やかなお嬢様だけれど……。お蔭で今では神童家の恥さらしのような扱いを受けている。



俺と名前さんは年が離れていて、俺が小学生の高学年になる頃にはすでに成人に近かった。スンスン、鼻をすする音が聞こえる。名前さんに俺は似たのか、小さい頃から泣き虫だった。メンタルも、あまり強くなかった。小さい頃は名前さんに甘えて、よく泣きついていた。抱きしめると香水の匂いが残る。たまに、男物の香水のにおいがする。それも、コロコロと頻繁に変わる。名前さんはたまに男の人を家に連れてくるがどれも下賤でいやしい物ばかりで、下卑た笑いを浮かべていたのが印象深い。「名前さ、ん」また、泣いている。幼い俺には何も言わないけれど「ああ、きっとまた今お付き合いしている男の人とうまくいっていないんだ」って幼心に思った。きっと、それは外れていない。「拓人、ごめ、んね。私、本当駄目ね。お金目当てとかも見抜けないなんて」



俺の家のお金に目が眩んだ男の人と付き合ったんだというのは想像にたやすかった。本当に幼い頃は気づけなかったけれど、俺の家は特別なんだって名前さんから聞いた。「名前さん、泣かないでください。俺が傍にいるから。名前さんの好きな曲を弾いてあげます」重たいピアノの蓋を開けて、名前さんの為にピアノを奏でれば名前さんの顔に笑顔が戻った。まだ、元気がないけれど先ほどよりもずっとよかった。「拓人だけは優しいのね。有難う、」そういって、俺を褒めるようにウェーブした髪の毛に指を絡ませて頭を撫でた。人の為にピアノを弾くのは名前さんだけと決まっていた。この時、俺は名前さんの中で一番になった気がした。名前さんを独占できた気分になっていた。この家の中で、世界の中で俺だけが名前さんの味方で居られることが誇らしかった。



だが、いつもそれは束の間で、大体名前さんに本当の笑顔が戻るころに別の男の人が出来て俺はいつも、いらない子(不要)になる。名前さんが元気なのに、俺は仄暗い気持ちを抱えたまま、名前さんと接する。俺は誰の一番にもなれない。



近頃、名前さんは今の男の人とうまくいっているのか、泣かなくなった。もう一年は名前さんの泣いている姿を見ていない。それは弟して、とても嬉しいことだ。それでも、心にどす黒い物が蟠っている。それは、不安だ。嫉妬だ。「拓人、拓人。ピアノを弾いて頂戴」名前さんは大人になった今でも、ピアノを弾いてとねだってくる時がある。俺は「ええ、今日は何を弾きましょうか」って手慣れた手つきで楽譜を手繰り寄せて適当に気分で選曲する。でも、この日は違った。名前さんは穏やかな表情を浮かべ、生彩とした口調で告げた。「拓人。今日は昔、弾いてくれたあの曲を弾いてほしいの」



優しい安定した声音が俺の耳に届いた。何故、急にそんなことを言いだすのかわからずに俺は戸惑いを告げた。もうあの曲は一年以上弾いていない。名前さんが泣かなくなってから、ただの一度も。何故ならば、あの曲は特別だったから。俺と名前さんを繋ぐ特別な曲だったから。記憶を掘り起こせばまだ覚えているが、それは断片的な記憶。頭では忘れているけれど、指は記憶しているだろうから弾けなくはないだろうけれど名前さんの期待に添えないかもしれない。「近々、家を出るわ。今の人はお金じゃなくて私を見てくれている。だから、拓人あの曲を弾いて」俺はやっぱり、いらない子だ。たとえ、卓越した技術を持っていても所詮、名前さんの中で一番になることはない。今までも、これからも。

戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -