ロクデナシ



!あいうえお!の「」の少し前のお話。気持ち悪いことこの上ない。ストーカーと異物混入夢主。



名前が不安げにあたりをキョロキョロと警戒していた。勿論その視線の先には、誰もいない。ただ、静寂だけが広がっていた。誰も居ないはずの、その住宅街を一人でぽつんと歩く名前が足を速めた。ザッザッザッ……一人分の足音だけのはずなのに、こつん、こつん……と固い靴の音がもう一人分聞こえてくるのだ。名前は気のせいだ、気のせいだと自分に言い聞かせつつも逸る鼓動を抑えることが出来なかった。



気がつけば、走り出していた。薄暗い街頭、冷たいコンクリートの地面に広がる黒い自分の影。恐怖に頭を支配されていた。家に入ると勢いよく扉を閉めて、鍵とチェーンをかけ家の中の窓の鍵を全て閉めた。それでようやく、胸を撫で下ろす。ハァハァ……という荒い自分の呼吸音だけが室内に響く。汗をびっしり掻いていた。ようやく落ち着いてきた、と思った矢先だった。軽快なメロディが名前の携帯から流れ出したのだ。名前はびくりと体を強張らせた。ビクビクと脅えながら携帯を手にとって確認する。



「い……や……また……だ……」
何度携帯のアドレスを変えても、着信拒否にしても執拗に名前に気持ちの悪いメールを送ってくる人物がいるのだ。多分、それは先ほど名前を追い回していた人物なのでは……?と名前はうっすらと勘付いていた。掠れた声には恐怖と絶望が混ざっていた。気持ち悪さに携帯をマナーモードにしてベッドに投げつけた。最近は数分おきに着信があったりと悪化の一途をたどっていた。無視をしていたら、今度は電話がけたたましく鳴り出した。それにヒッと上ずった悲鳴をあげた。若しかしたら、友達かもしれない……なんて淡い期待を抱きながら受話器を耳に当てた。
「……もしもし……?」
『……』
「もしもし……?」
何度問いかけても、相手はうんともすんとも言わない。名前は受話器を置いた。先ほどから震えが止まらない。警察にはもう、言ってあるのに一向に変わらないパトロールを強化する、としか警察は言ってくれなかった。現実は非常である。酷いときは、玄関先に生き物の死骸とかをおいていくような狂人なのに、と名前はうなだれた。





「……名前どうした?さっきから欠伸ばっかり……」
香芽が名前の顔を覗き込んだ。それに驚き思わず飛び跳ねてしまった。
「うわわっ!か、香芽先輩っ!な、何でもないんですよ。昨日あまり寝られなくて」
そういって、目尻に溜まった涙を拭った。勿論先ほどからしている大きな欠伸のせいだ。香芽が心配そうな表情を作り出した。名前が最近、ストーカーにあっているのを知っているからだった。
「……今日、送っていくから待っていろよ?」
ぽんと、頭に手のひらを乗せて名前を落ち着かせるように、相好を崩した。それに名前は瞳を潤ませた。
「あ……有難うございますっ!」
「……練習終わってからだから少し遅くなると思うけど。心配だからな」
そのとき、香芽が口元に笑みを浮かべた理由が別のものだと名前は知らない。



「あ、香芽先輩〜!お疲れ様です!」
校門のところで待っていた名前が笑顔で香芽を迎えた。香芽はかばんを肩に掛けて名前の隣につき歩き出した。
「ん……悪い、遅くなったな。でも、ま……俺が居ればストーカーも手出しできないだろ」
名前の目には香芽がとても頼もしいものに見えていた。全て、香芽の手のひらの上で踊らされているだけに過ぎないというのに、それに気がつかない。香芽の言う意味なんてわからない。香芽が張本人なのだから、一緒に居れば手出しできるわけがない。って、香芽は心の底で笑っていた。愉快だ、と思っていた。
「頼りにしていますっ!」
香芽を信じきっているであろう態度に香芽が苦笑した。だけど、好都合だと思った。
「……なぁ、こんなときに言うのも、なんだけど……俺は名前が好きだ」
突然そう何の前触れもなく、言った。名前は戸惑い困惑したがまっすぐと見据える香芽の目に捕らわれた。頷けなかった。今、どういうことになっているか香芽も知っているはずなのに、と名前は顔を背けた。



「俺が嫌いならそれでもいいけど。俺が、守るから……毎日送り迎えしてやる。名前に何かあったら……俺が後悔する」
「……香芽……先輩……。なんで、そこまで……」
名前の瞳から涙がポロポロ零れ、光に反射してそれは落ちてゆく。それは、恐怖からくるものではなく、嬉しさからくるものであった。
「……泣くな。大丈夫だから、俺が絶対に助けてやる。……な?」
香芽が笑う。名前がそれにようやく、頷いた。香芽の手が背を擦った。






〜香芽〜

馬鹿だなぁ……っておもった。誰がやっているかすらわからずに縋り付いた名前が酷く滑稽に思えた。名前が嫌いでこんなことをしたんじゃない。寧ろその逆で、頭の中が俺のことで一杯になれば良いな、って思ってやった。罪悪感……?何それ。全然感じていないよ。頭が可笑しい?それはどうかな……?俺は思うんだ。あいつと俺は同じ穴の狢だって。俺のこと好きなくせに、すぐに頷かなかったのはちょっと驚いたな。自意識過剰……ねぇ……?違うね、だってあいつ俺のドリンクに血とか混ぜるような女だし。気づかないほど馬鹿じゃないからな、俺は。うん?恨んでなんかないよ?恨んでやるほど、俺は暇じゃないからさ。それやられる前から俺のほうが好きだったし。まぁ……此処までやるほど、のめりこむとは正直思っていなかったけどね。うん……これは、ちょっと俺の予想範囲外かな。



でも、これで名前の頭の中は俺で一杯だろ?俺の色に染まっただろう?あははは!やっばい、楽しくて死にそうだよ!ねぇ、大好きだよ、本当にさ!


戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -