アルカディア



此処はきっと、人々が言う楽園に近いところなんだろうな。って、来るたびに思う。こんなに美しいところを私は、知らない。そう、言うとエカデルはひどく優しげな顔をして「そうですか」と言って、私の隣に腰を下ろして青い髪の毛を風に靡かせる。エカデルが好きだ。穏やかに笑う彼が、美しいから。でも、私は人間だから……エカデルを困らせたくないから言わない。所詮、叶うこともない。エカデルのそばにいられるだけで幸せだから、もうこれでいい、と気持ちの整理もついている。



「帰るのが惜しいくらいに、綺麗だよね。此処を知らない人は損しているよ」「……人間が此処に沢山、押しかけてきては私たちが困るんですがね」微かに苦笑しながら、エカデルが慈しむような瞳で私を見つめる。私が特別な人間になったような、気分になる。すぐに「そんなことはない」と頭を切り替える。「そうだね、でも此処は天国なんかじゃないんだよね?」「……ええ。違いますね」「こんなに、綺麗なのに違うってなんだか、紛らわしいね」私にとっての楽園とは此処のことだ、エカデルもいるし。穏やかに流れ続ける時を忘れられる。現実のことを捨てて逃げるときに、いつもエカデルが迎えてくれる。


四肢を投げ出して、蒼穹を見上げていた私に笑いかける。「エカデルは天国とか知っているの?」ささやかな疑問を投げかけると、エカデルは微かに頷いて見せた。ああ、あるんだ。天国って。じゃあ、地獄もあるな、きっと。「……人間たちが言う、天国という場所ですか。ええ、知っていますよ」「へーぇ。私、地獄行くかもしれないけど。一度は見てみたいよね」



地獄という単語にピクリと反応を示した後に、首を横に振った。「大丈夫だと思いますよ、穢れた魂というのは一目でわかります」「エカデルのお墨付きかぁ。よかった。私は天国いけるかなぁ」ああ、でも天国なんていったらエカデルとも会えなくなるのかなぁ……。寂しいな、それ。こんなのいつまでも続くなんてはなから思っていないけれど、できれば長く傍にいたい。それを悟られないように瞳を閉じた。


「行けますよ」視界が暗くなった中で、エカデルの声だけに耳を傾ける。そういえば、人間たちは、とエカデルが言っていたが彼にとってそこは天国ではないのだろうか。「……そういえば、人間が言う天国ってことは……エカデルにとっては天国じゃないの?」「……ええ。私にとっての天国は、貴女がいるところですから」「ええっ?!」思わず声を張り上げて、飛び起きてしまった。私の大声のせいでバサバサバサと羽音を響かせて、美しい鳥が飛んでいった。エカデルが驚いたように、体を跳ねさせた。ああ、申し訳ないことをした、って違う。何でいきなり変なことを言い出したんだ。折角、気持ちの整理をきちんとつけていたというのに、そうやって思わせぶりなことを言われると、また揺らいでしまう。だって、私はエカデルが好きだ。



「……驚きました」「ご、ごめん」激しい動悸が鎮まらない。胸を手のひらで覆いながらまた、落ち着かせるように横になった。勿論そんなことで、この動悸は鎮まるわけもない。ただの気休めだ。「……そんなに驚かれるとショックですね」「いやー、エカデルが変なこというからでしょ。そういうのはね、人間で言うところの、恋人とかがいう言葉だよ」それもかなり臭い台詞の部類。バカップルとかそういうのだ。人間じゃないからわからなかったのだろう、と思い私が教えるとエカデルは理解したように頷いた。



「はあ、そうなんですか。でも、本当のことなんですよ。極端な話、貴女がデモンズゲートに居たら私にはきっと、そこを天国だと思いますね」「下心とかないとは思うんだけど、口説いているように聞こえるね」心臓の音は静まらない。寧ろ、激しさを増す一方だった。「ええ、そうですね。私は名前を愛していますから、そう聞こえるかもしれませんね」「本気で言っているの?」私が好きだ、とかいった瞬間に此処から追い出そう、とかではないのだろうか。と疑心暗鬼になってしまう。エカデルに限ってそんなことはないと思っているけれど。「ええ、本気です」私にとっての楽園は貴女のいる場所、そのものです。エカデルの真剣な表情が目に留まった。ああ、そんなの私だってそうだ。エカデルのいない世界は、味気なくて詰まらない。

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