喜多海



冬待ち人の連れ去ったバージョン


「これで、よかったんだべか……」
不意に喜多海が言葉を漏らしたことに、名前がきょとんとした顔をした。それから、すぐに何かを思い出したかのように「ああ〜……」と言った。喜多海のいいたいことを理解したらしい。そして、喜多海の疑問に答える。
「大丈夫、親にもちゃんと言ってきたから」
それに、一緒に旅に出ないか?と誘ってきたのはそっちじゃない。と名前が至極、楽しそうに、顔を綻ばせた。
「本当に来てくれるとは、思っていなかったべさ。色々あるだろうし……」
断られる、と思っていた。と続けると名前が苦笑いを浮かべた。
「……私、そういうの真に受けちゃうからさぁ。」



「まあ、僕も名前と一緒に色々な所をみたいなぁ、とずっと思っていたから嬉しいんだけど……」
少しだけ釈然としない、と言ったような風に口を尖らせた。
「何、私に来てほしくなかったの?」
「……いや、違うべさ。なんかあっさりと僕に拉致られたから、少しだけ不安なだけだべさ」
不安、それは喜多海の胸の中に少しだけ蟠っていた。勿論、名前と旅をすることができるという喜びのほうが勝っているのだが、不安がわだかまっているのもまた、事実だった。
「……まあ、いいじゃない。もう、帰れないんだし?」
「……引き返したいなら、引き返せるべ」
「私をそんなに家に帰したいの?」
一緒に来てほしいって言ったのはそっちのくせに、とひょろりと背丈の高い喜多海を睨みつけた。喜多海からすると、上目遣いにしかみえないということは気が付かない。
「いや……帰さないし、帰したくないけど。忘れ物あるなら、取ってきてもいいべ」
「ん?忘れ物はないよ」
「へぇ、おっちょこちょいの名前にしては珍しいべ。一回くらい、引き返すことになりそうだと思っていたのに」
失礼な、と名前が言った後に喜多海が大きめの地図を開いた。



「……地図だ。なんか旅って感じがするねぇ!」
名前が子供見たくはしゃぐのを見て、喜多海が笑顔を零した。子供を見守るような生暖かい瞳だった気がするが。
「ねぇねぇ!次はどこに行くの?」
名前がわくわくとした様子を隠せないのを見て喜多海が使い古された地図の、ある場所を指差した。
「まずはここへ行こうかなぁ、と思っているべ」
「へぇ!此処行ったことないなぁ!楽しみぃ!」
「うん、此処は去年も行ったけど……、おいしいもの沢山あるべ。名前も気に入ると思うべさ」
喜多海の言葉に名前が瞳を輝かせた。
「今年は名前も一緒だから、楽しめそうだべ」
マフラーを口元で覆った、喜多海が風にマフラーを靡かせた。


貴方とみる世界
(それは何よりも綺麗な世界なんだろう。)



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