冬待ち人



連れ去ったバージョン→喜多海

ああ、もう冬が終わってしまう。これほど、冬が特別に……愛しく感じるのは彼のせいだ。どの季節を過ぎるのもつらくはないのに、冬を過ぎるのだけが、とても辛く切なく感じる。胸を疼痛が走る。喜多海が悪いわけではない。喜多海を籠絡できればいいのに、なんて勝手なことを思ってしまう。きっと、真剣になんか取り合ってくれないんだろうなぁ。本当春なんて来なければいいのに。ああ、でも……春が嫌いなわけじゃない。寧ろ、好きな部類。ただ、喜多海がいなくなってしまうのが辛いだけだ。雪解けとともに、彼は去っていく。


私を残して。


こんなに、大好きなのに……こんなに、愛しいのに。ボスッ……柔らかな音とともにベッドに沈む。細かな埃が舞っている。もう、深夜の一時半を回っているというのに、眠気がやってこない。いつもならば、まだ、寝たくない。というときにすらやってくるあの睡魔が来ない。相当、私はやられているらしい。自分自身に苦笑しながら、寝返りを打つ。喜多海はもうすぐ、此処を離れる。と今日言っていた。私に向けて、いつもとなんら変わりのない様子で。私ばかりが悲しんでいるようだ。あぁ、まずいなぁ。泣きそうだ。一年の半分以上、喜多海と離れなければいけないだなんて。そんなの嫌だ。喜多海にとっては辛くなくても、私にとってはとても辛いことだ。


枕に顔を埋めて、涙があふれてきそうなのを堪えていた時に、携帯がヴヴヴ、と震えた。心臓が跳ねた。こんな時間に誰よ、と携帯を開いて名前を確認する。喜多海からのメールだった。まさか、思っていた相手からメールが来るとは思っていなかったため逸る鼓動を抑えながらもメールに目を通した「窓の外を見て」と喜多海らしい、短く簡潔な文字がそこには記されていた。何のことだろう、とカーテンを開けて窓の外を見下ろすと、コートを羽織った喜多海が見上げて、手を振った。私は適当に羽織れるものを羽織ると玄関を飛び出した。


「喜多海!何しているのよ!こんな時間に!」
感情任せに、怒ると喜多海は笑った。
「あはは、やっぱり怒られた。名前の部屋から明かりが漏れていたから、まだ起きているのかな、って思って」
私は喜多海の頬に触れた。冷たい。冬が終わるとはいえ、まだまだ寒い季節だ。
「……、なんで来たの……?」
素直な疑問を口にすると喜多海がスッと目を細めた。ああ、本当、嫌になる。この笑顔を見ると突然の訪問も許せてしまう。
「……明日、此処を出るから……。名前に急に会いたくなってきちゃったべ」
急に笑顔が消え失せて、悲しげな表情を見せた。そんなの私だって、同じだ。それから、暫くの沈黙の後に、喜多海がギュッと私の体を強く抱きしめた。普段の喜多海はこんなこと絶対してこないから、思考が止まりかけた。慌てて反射的に逃れようとする。が、余計に力を籠められて、出られない。ぽつりと耳元から声が聞こえた。寒さからなのか、少しだけ震えた声。



「ごめん、少しだけこのままで居させてほしいべ」
今まで聞いたことないような寂しそうな声だったから、私は足掻くのをやめた。そのまま、大人しく腕の中に閉じ込められていると喜多海が、言葉を続ける。それを黙って傾聴する。
「今まで、こんな気持ちになったことはないべさ。離れたくない、って思ったのも名前が初めてだべ」
「それは、私も同じだよ」
涙声の私に喜多海が頷いた。
「それでも、僕はここを離れなきゃならないから。メールとか、電話とかするから。毎日。名前のこと、好きだべ」
そういって、喜多海のほうから体をゆっくりと名残惜しそうに離した。残ったぬくもりは微弱なものだった。
「……うん」
大丈夫、どんなに離れても大好きだから。きっと遠くから、喜多海のことを思っているよ、世界の果てに行っても……誰よりも遠くへ行っても、そこから愛を伝えるから。来年も再来年も待っているよ。私がそっと寄り添う。あと少しだけの時間を慈しむように。


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