君という終焉にて



!喜多がもれなく可哀想。




彼女を抱きながら愛の言葉を囁けば、彼女は嬉しそうに笑う。名前を呼べば照れたようにはにかんで、俺の欲しい言葉をくれる。喧嘩はしたことがなくて、平穏でされど、マンネリではなく。ああ、これが幸せなんだっていつもいつも思っていた。ぎこちなく、隼総が「キャプテン、疲れているんじゃねぇの?」と瞳を逸らしながら言ってきた。何が?と問えば、悲しげに瞳を伏せてしまった。ああ、わかった。名前にうつつをぬかしすぎて、俺が腑抜けているとでもいいたいのか?と考え俺はすまない。と素直に謝ると「違うんだ」と歯痒そうに首を振った。俺にはわからなかった。



西野空が、話しかけてきた。「喜多はさぁ、真面目だから。その……、一度病院行ったほうがいいよぉ。僕、いい病院は知らないけど……調べてあげるからさぁ……」と言ってきた。病院?内科か?と問いかければ弱弱しく首を振って「……心の病だよぉ。喜多は今ぁ、心が風邪なんだよぉ」と言った。馬鹿な!と怒鳴れば、西野空が哀れみの表情を浮かべ「……うん……ごめんねぇ、喜多ぁ」と言った。俺は心を病んでなんかいない。



星降が西野空の後に立て続けに話しかけてきた。「現実を見たほうがいい」と、ただそれだけ澄んだ瞳で、俺のことを見ていた。「そんな、幸せいつまでも続かないし偽りの幸せで笑っている喜多なんか見たくない」と仰々しく言うものだから俺は胸を痛めた。いつもは胃が痛いのに。星降の言葉に俺は困ってしまった。隼総はまだ、近くにいたのか。泣きそうな顔をしていた。あの隼総がそんな顔をするのか、と俺はギョッとしてしまった。


「なぁ!いい加減にしてくれよ!キャプテン!そんな人形を抱いて幸せそうな顔をしないでくれ!名前なんていねぇんだよ!最初からっ!」声を荒げて、そう叫んだ。な、にが……?名前はいるじゃないか。俺の隣で今も笑っている。不安になって名前に話しかけると、隼総に名前を取られた。軽い名前が隼総の腕の中におさめられた。黒い、ビーズのガラス球に俺が映る。「架空の恋人に、なぜ逃げるんだ!名前はいない!名前なんて女、最初から存在しないんだ!」ドサリと隼総が乱暴に地面に叩きつけた。俺は呆然とそれを見ていたが、すぐに正気になって名前を抱き上げた。そこには、名前はいなくてただ、薄汚れた美しい人の形を模した、物があるだけだった。



「なぜ?俺は幸せだった。毎日毎日電話もした。デートもした。それのすべてが嘘だったとでも言いたいのか?」俺は携帯を弄ると、携帯の履歴を確認した。名前の愛らしい声が聴きたい。悪い夢だと言ってほしい。リダイヤルをする。携帯を耳に押し当てる。聞こえてきたのは、無機質な時報。俺は目を見開いた。呆然と今までしてきた会話を思い出そうとした、何も思い出せない。今までの会話の全てすらも、嘘で出来ていたというのか?困惑しながら俺は皆を見た。涙の膜の張った瞳で。携帯の写メも、プリクラもすべて名前は映っていなかった。いや、映ってはいた。正確には美しく、愛らしい顔立ちの人形が。



「……あ、ああ…………」掠れた声が唇から零れたのと同時にプツリと糸が切れたように涙が零れてきた。俺の一年間の思い出も、電話の記録も、何もかもが、嘘で出来ていたということに俺は泣いた。隼総も、西野空も、星降もただ黙って俺のことを悲しげに見つめていた。俺は人形の名前を抱いた。

君という終焉にて

title 箱庭

戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -