無題



雷門に転校してきて二日目、まだ慣れていないため、どきどきして椅子についている名前を確認してから席に着くと、真っ先に葵ちゃんが私の元に来てくれた。昨日も私に話しかけてきてくれた優しい子。にっこりと笑いながら「おはよう」と挨拶されてどぎまぎしながらも、少しだけぎこちなく「おはよう」という。ああ、私、今不自然じゃなかったかな?私の後ろの席に腰掛けて葵ちゃんが鞄をかける。葵ちゃんは私の、ひとつ後ろなのだ。



「まだ、場所とかわかっていないよね?移動教室……音楽だから、一緒にいこうね」「……えと、音楽室だっけ?」「そうだよ」音楽室なんて、転校して二日目の私にわかるわけがない。御礼を言って、準備に取り掛かる。教科書もまだ、全部届いているわけじゃないので葵ちゃんに見せてもらっているのだ。何から何まで本当に、申し訳ない。早く教科書とか全部届いてくれないと葵ちゃんに迷惑かけっぱなしだ。折角出来た、友達(相手は、そう思っていないかもしれないけど)は大切にしたいものだ。アルトリコーダーのケースだけを片手に葵ちゃんの横に立つ。葵ちゃんが教科書などを手にして立ち上がって、私に「少し早いけど、行こうか」と言って歩き出した。私はそれを追いかけて、葵ちゃんの横を歩く。歩いている最中にも沢山、葵ちゃんが気を使って話題を振ってくる。それが嬉しくて自然と顔が綻ぶ。



「あ、そういえばまだ、教科書届いていないんだ……。見せてもらってもいいかな?」
「そうなんだ?うん、いいよ」私の頼みを快く引き受けてくれた葵ちゃんが足を止めた。私も足を止めて上を見上げた。上には音楽室と書いてあった。ここがそうらしい。広いから迷いそうだな、と私は少し心配になった。葵ちゃんがドアに手をかけてあけると「はい、入って」と先に私を入れてくれる。壁にびっしりと貼られている、音楽家たちが私たちを睨む。適当に後ろのほうに座ると葵ちゃんも、私の隣に腰を下ろした。一番乗りだったらしく誰もいなくてしん、と静まり返っている。



「教科書早く届かないかなぁ。葵ちゃんに見せてもらってばっかりだもんね……」「そうだね。でも、私はこのままでもいいかな」葵ちゃんが机に教科書を広げて、笑う。沢山の音符が目に入る。黒と白のコントラスに目がチカチカする。葵ちゃんの言葉の意味が思い浮かばなかった。教科書を見せてもらうのに、私が半分ほど教科書を占拠してしまって見難いと思うのに。「だって、名前ちゃんの隣にいられるから」柔らかそうな薄紅色の唇から出てくる言葉に、柔らかな微笑みに陶酔する。

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