塗り替えす



塗潰される、のもうひとつのお話。ハッピーエンドにしたかったから書きました。
 なので、ハッピーエンドになっています。設定自体には特に変更はございません。


彼と付き合うことになったとき、濃いピンク色にあの子を重ねた。あの子と性格も、口調も……性別すらも全部違うというのに、彼はいつも寂しげに笑っては好きでもない薄い色のスカートを揺らす。私が強要したことだった。私は、男の子が好きになれなかった。それでも、何度か付き合ったことはあった。そうすることで、普通に戻れると信じていたのだ。女の子は男の子を好きになる。至極当然のことが、私には出来なかった。友達のことを変ないやらしい目で見るのが嫌だった。……だから、相手を好きになろうと何度も何度も努力を重ねた。でも、性的接触になるといつも拒絶してしまう。そのたびに彼らは一様にとても辛そうな歪んだ顔を見せて、何かを叫んでいた気がする。キスも抱きしめられることにも嫌悪感しか抱けなかった。暖かく柔らかなそれとは違う。



気持ち悪くて仕方がなかった。私がマイノリティだとは薄々気がついていた。私のほうが、間違っているのだ。気がついてしまった、私は男の子が好きになれないかもしれないということに。だから、本当は蘭丸が私に思いを告げてきたときも、断った。胸が痛んだけれど、これがお互いのためだと。でも、蘭丸が必死に懇願してきて食い下がってきた……そのとき、私は考えてしまった。とても残酷で下衆なことを。“この子の髪の毛はピンク色で、あの子みたい。”だって。


「いいわよ」


気がついたら口が勝手に言葉を、紡ぎだしていた。そして、その条件を蘭丸は飲んだ。それから、この奇妙な関係が始まったのだった。


蘭丸が泣いていた。パタパタ音を立てて私が渡した服に染みを作る。目を赤くさせながら、唇をきつく噛み今まで一度も見たことの無い顔をしていた。私は此処で初めて、蘭丸に酷いことをしたんだ。って、気がついた。全てを受け入れていたから、あの時、私のあまりにも酷い条件を飲んだから……追い詰めていた、という現実が見えなかった。言い訳にしか過ぎないけれど、蘭丸は耐えられるんだ。って思ってしまった。



「もう……嫌だ……」薄っすらと開かれた唇から聞こえてくる声は、絶望と嘆きが入り混じっていた。澄んだ瞳からはボロボロ涙が止まらない。心臓が小さな針で突かれたように鋭い痛みを帯びていた。「どうして……?」“どうして俺を、見てくれない?”唇の動きがそれで止まった。声は失われていたはずなのに、私にはその後の言葉がわかってしまった。ただの罪悪感?あの時条件なんかつけなければよかった?私は誰かを、蘭丸を傷つけるつもりなんか微塵にも無かったのに。涙を拭いてあげたかったのに。傷つけたのは、私だ。


確かに、最初はあの子を重ねてみていた。蘭丸越しにあの子を見ていた。髪の毛を解けば、長い髪の毛があのこのように見えて錯覚していた。私はあの子に愛されているのだと。錯覚していた。甘く鈍い朧げな意識に、よく蘭丸を弄って遊んでいた。あの子は長いスカートを揺らしていたから。ちゃんとした、可愛い服を着せてみたいなってずっと思っていた。その願望を蘭丸にぶつけていた。男の子の時の蘭丸にキスやハグをしたことは一度も無かった。女の子のような風貌、服のときにだけ。キスをした。彼は男の子だけど、嫌じゃなかった。今まで付き合った男子には、嫌悪感しか抱けなかったというのに。蘭丸のときは何故か、“嫌”だとは感じなかった。当初は少し困惑しながらも、彼が女の子みたいだから嫌じゃないんだって思った。だけど……違ったんだ。


気がついたときに早くそのことを伝えてあげるべきだったのだ。此処まで蘭丸を追い詰める前に。いえなかった、今まで沢山強要してきたのに都合よく利用したくせに。蘭丸が好きになってしまった、だなんて。目の前の蘭丸の、端麗な顔が更に悲痛の色に染まっていく。「ごめんね」ぽつりと呟くように言った謝罪の言葉に蘭丸が目を、大きく見開いた。それだけでは伝わらなかったのか余計に、辛そうに涙を零した。さめざめと泣く。「どうして……俺じゃ駄目なんだ……」蘭丸をギュと抱きしめた。自分の腕の中で包み込むように、蘭丸の涙が服に染みを作るのも気にせずに優しく。暖かいけれど、男の子の骨格で全然柔らかくない。だけど、嫌悪感はまるで無かった。蘭丸を泣きやませてあげたかった。私のせいで、泣いている蘭丸がどうしようもなく苦しくて。



「ごめんね。蘭丸ちゃん。ごめんね、私も好きだよ。蘭丸ちゃんのこと、今更好きだって言って私は本当に酷いね。泣かないで」ゆっくりと蘭丸から体を離そうとしたときに、蘭丸の腕がそれを拒んだ。「……名前……今の本当か……?」「うん……。最初は確かに、好きじゃなかったけど……。今は蘭丸ちゃんが好き」嘘を交えていなかった。もう、私の瞳にはあの子じゃなくて、蘭丸が映っていた。単純だな、って思った。誰かに思われることも無かった私に愛を教えてくれたのは蘭丸だった。「大好きだよ」どちらが言ったのかわからない、稚拙な愛の言葉。目を閉じて、蘭丸の鼓動を感じていた。



「蘭丸ちゃーん。アイスたべよーよー」某有名なアイス屋さんの前で、立ち止まり繋いでいた手を引いた。蘭丸もつられて立ち止まって私の視線の先のアイスを見つめた。そして、一緒になって吟味しだす。「そうだなー。暑いし。あ、これ……おいしそうだ」アイスを指差す蘭丸。相変わらず、女の子みたいな風貌と仕草だけれど。あれから、時が少しだけ流れた。今もスイーツを食べるときに蘭丸を付き合わせる。だけど、変わったことがあった。もう、スカートを穿かせることは無くなったのだ。最初は、蘭丸もいきなりそれで大丈夫なのか?と心配していたけれど案外すんなりと受け入れられた。やっぱり、私はもうすでに蘭丸のこと自体を好きになってしまっていたらしい。あの子のことが、脳裏をちらつかなくなった。あの子はただの友達。友達……。



嫌、私の好きだった人。あの子を見るとたまに、胸がドキッと跳ねるけれど。もう大丈夫、あれは過去のことだと割り切れるようになっていた。「私はダブルで食べよっと。あ……でも、トリプルもいいなー」「……トリプル?……食べられるのか?」呆れたように蘭丸が苦笑いする。お腹壊すなよ、と心配そうに私の頭を撫でた。ああ……幸せだ。私の視界に映る愛しいピンク色が、今この世界で誰よりも。

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