凍る熱



前回

あの日の名前ちゃんは様子が可笑しかった。だから、こんなことになってしまったのだ。あの行為は事故?それとも故意的に起こした事故だったのか?どちらにしても名前ちゃんに避けられるという事柄が酷く胸に突き刺さって痛ましかった。いつもはキラキラと輝いている綺麗な瞳が最近は濁っていて、その姿を隠している。あの日に泣いてしまったのは嫌だったからなのか?うちにも詳しくわからないのに、冷静になった後に考えてみても別に嫌だったわけでも名前ちゃんが嫌いでどうしても許せなかった事柄ではなかった。だから、こそ。あれは何だったのかを問い詰める必要があった。なのに、だ。顔を合わせるだけでさっさと走って逃げてしまう、怯えと罪の意識にさいなまれたような様子を見せながら。名前ちゃんの足は速くて追い付くのは中々困難だった。



元々、名前ちゃんはサッカー部の人間ではなく陸上部の人で、足には自信があったようである。だからこそ、うちには名前ちゃんの背中を捕まえる事が出来ない、いつも見送るだけだ。今日も同じ。だから、待ち伏せることにしたのだ。追って捕まえられないならば、そこでじっと獲物を待ち伏せ、狩る獣のようにじっと黙って待てばいい。名前ちゃんが逃げられないとき、それは授業の終わりとはじまり。若しくはお昼時に、狙うしかない。そして、うちは授業の縫い目に名前ちゃんを待ち伏せた。丁度うちから逃げて、授業が始まると帰ってきたところだった。名前ちゃんが待ち伏せている私を見て、戸惑い逃げ出そうとしたときに背中にタックルをかました。サッカーをするときのそれに似ていた。「えい!捕まえた!」「?!は、離して!ごめんなさい!」「ダメ!あの時の事を説明してくれるまで離さないやんね!」



嘆息をついて、うちに本当久しぶりに向き直った。うちよりも若干背の高い名前が見下ろした。それは寂しげにも見えた。が、向き合ったことが決意の表れだった。「此処じゃ話せないわ」うちらは二人きりに成れるように隠れるように、こそこそと人通りの無い渡り廊下を歩いて、部室の中へ入った。部活の無い時間帯は関係者以外此処にはやってこない。好都合な場所だった。つまり今みたいな状況に最適という事だ。ついて、短い沈黙の後に名前ちゃんが語り始めた。それはある程度想像の中で納まっていた内容だった。「……私、女の子が好きなの」そこから始まる。「……黄名子ちゃんが好きなの、気持ち悪いよね」そう言って、さめざめとうちの回答も聞かずに泣き始めたので、うちはその細い体を抱きしめたのだ。



「うちも名前ちゃんの事好きやんね。あれ、嫌じゃ無かった。勿論驚いたやんね!」だから、攪乱していただけであって決して怒っていたわけでも軽蔑したわけでもない。名前ちゃんはどれだけ悩んだんだろう。きっと世間の目とか気にして、誰にも悩みを打ち明ける事も出来ずに、好きになることすら罪だと思っていたのかもしれない。甘美な呪いのように。ならば、うちも名前ちゃんのその罪の半分を持つこと、それくらいは許されてもいいと思うのだ。


title 月にユダ


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