トロイメライが聞こえる



世界観がダークすぎる。性転換とかの話。レイザちゃんが最後まで報われない。エイナム君が辛辣。夢主空気。誰も救われないお話。エイナムの口調は迷子。兎に角割と癖があって、えぐい話なので注意。

夢主←レイザ←エイナムみたいな感じかも。



「大好きよ、レイザ。私には貴女しかいないの。レイザ、レイザ」「私もだ」彼女の胸に顔を深く埋めて、子供が甘えるような仕草を見せた。まだ、消えないでくれ。まだ、まだ。……虚像に縋りつけば、優しく頬に手を滑らせた。私は名前の顎に手をかけて少しだけ上を向かせた。



大好きだった、名前が他の男と付き合っていたらしい。組織に属す以上は、私情を挟みたくないとの事で最近まで私は知らなかった。名前が知らない間に名前も知らない素性も知らないような男に汚されていた気持ちになって嫌な気分が蔓延した。それを知って問い詰めたとき名前は悲しげな顔で言った。「ごめんね、でもそう言ったら任務に対して真剣なレイザに嫌われると思ったの、私レイザに嫌われたくないから……」と告げて、長い睫毛を伏せた。名前は十分にこのチームで活躍していたし、私は怒らなかったかもしれないが確かに少し小言を言ってしまうかも知れなかったから名前の判断は必ずしも間違っているとは言えなかった。寧ろ、私が逆の立場ならば黙秘していただろう(名前が好きだからありえないだろうけれども、これはたとえ話に過ぎない)。偶然街中でばったり鉢合わせたその男……名前の相手は私よりも長い付き合いらしく、はた目からもお似合いだと思える程に仲睦まじかった。私の知らない所で色々な物語が進行していたと思うと、吐き気を催すほどに悔しく思った。私は最初から恋愛の対象にすらなれなかったのだ。悔しいけれど、同性と言うのはそんなものだ。彼女は明るい人柄だった、だからこんな私に対しても優しくしてくれただけに過ぎやしなかったのだ。だけど、優しくされると自分が彼女自身に愛されているような錯覚すら覚えてしまうのだ。



それはとても幸福な事、それはとても不幸な事。幸せな夢は必ず覚めてしまう。そして、覚めた後に僅かに残った温かな夢に抱かれて、口にするのだ。「ああ、夢から覚めなければよかったのに。夢から覚めなければ永遠に幸せだったのに」と僻事にも恨み言にも聞こえる呪われた言葉を吐くのだ。夢から覚めない事と、幸せな夢に抱かれ続けることのどちらが本人にとって幸せなのか私には計り兼ねるけれども、私は幸せな夢に抱かれたまま首を絞めるようにゆっくりと殺されてしまいたいのだ。例えば自分が男だったらあの男から奪い去れるのだろうかなんて、苦しい妄想を繰り返しては掻き消した。私にふにゃりと溶けたような幸せな甘い綿菓子のような笑顔を名前に授けることなど不可能なのに男とか女とかきっと関係ないのだろう。私が……もとよりその立ち位置に立つことが出来なかっただけに過ぎやしないのだ。そう、たったそれだけ。



自覚などせねば良かったと思った。人を好きになるということは、とても辛い事だ。だけど名前は幸せそうに笑う。だから辛いという事は私や一部の人々にしか感じられないのかもしれない。だから、少し間違っているのだ。報われない劣情こそが苦しいのだ。最近になってエイナムに指摘された。「お前のそれが純粋な愛ならば、名前の幸せくらい祈れるはずだ」と。私は祈ることが出来ない!いや、それどころじゃない。相手の男に不幸や災いが起きてしまえと思える程に歪みきっていてとても見にくくて直視など出来やしない!「エイナム。私が男ならば名前は私を好きになってくれたと思うか?」「さあね、無理じゃないかな。少なくとも……自分が名前ならお前を好きになど成らない。勿論チームメイトとしては認めているけれどね、その辺は理解しがたい。そんな歪んだ愛情押し付けられる身にもなってみればいいだろう」私を嘲るように私の愛を否定した。それどころか、名前は確かに可愛いけれども同性を好きになるなどと鼻で笑った。お前に何がわかる、私の何がわかるんだ。お前は男だからいいだろうよ、でも私は違う!言い訳がピシリとプラスチックがひび割れたような固く乾いた音を立てた。



「……本当は気づいているんだろう?今や同性婚が認められている。何故か?子供が生めるからだよ。男なんていなくても女同士でもね。世間体、人の目があるとはいえ昔とは違う。その意味くらい分かるだろう。最初から選ばれなかったんだよ」右足に重心をかけて、楽な体制を取りつつ尚も嘲った。聞きたくないのに、何も出来なくて呻いた。体から力が抜けそうになった。「……う、あ……、」「男に成って迎えにでも行きたかった?受け入れられるとでも思った?でも、技術を用いても所詮紛い物だ。与えられた性別を根本的に覆すのって本当、今でも難しいんだからね。骨格そのものが違うんだから。性別の壁?違うだろう……元より選ばれなかったんだよ、彼女に」何度も思ったんだ、性別がいけないんだって。だから、自分が男に成るような妄想を何度も抱いた、私が愛されないのは女だからってすべてを性別に押し付けて。だけどそれは違う、……私そのものが、選ばれなかった、んだ。「そんなもの信じない」心のどこかで理解しているのに、口からは否定となって空気中に出て行った。



「信じられないなら成ればいいだろう?成ったところでどういう反応が返ってくるかは保証しないけれども。恐らくお前が望む反応じゃないんじゃないかな、それに落胆するなよ」その態度がやけにすましていて厭味ったらしくて悔しくなって本当に成ってやる!と声を荒げた。自分の性別を否定するのは辛かったけれども、可能性を捨てたくなかった。若しかしたら好きになってくれるかもしれないだろう?(私自身が選ばれなかったのに、私自身が選ばれなかったのに。人間性そのものの否定なのに、否定なのに)私は、その日に男に成りに行った。自分の根本的な否定だった。今の技術だと、一週間もすれば大体大まかな輪郭は出来上がるらしい。昔に比べて大きく技術は進歩したのだ。性別を捨てに行ったとき隣に居たお姉さん(こういう場所に居るので果たして本物かわからないが)が「こんなに美人なのに勿体ないわね、私ならそんな美人に生まれたら絶対に女を捨てないわ」と少し低めの声で言った。名前以外の意見など微塵にも、価値が無かった。他人の評価は名前の評価よりも意味をなさない。主治医も私を見るなり本当にいいのか?と執拗に何度も尋ねた。どうでもいい。



経過途中で、名前に逢った。私を見るなり驚いた様子を見せた。「レイザ!どうしたの?!」どうやら私の面影はあるようで、一発で私を見抜いた。ああ、ああ、私の大好きな名前。どうして、私だとわかるのだろう!わからなければ他人として最初からスタートすることもできたのだろうに!それでも、未完成の男の低い声で言った。「男に成ることにしたんだ」言い訳は何とでもできた。あのくだらないスポーツを潰すのには未だに男の方が有利な事が多い。だから、私も大きな戦力になりたくてなることにしたのだと説明したら複雑そうな表情のままはっきりしない口調で言った。「そっか……、レイザがそう決めたならいいんだけど。私は前のレイザが好きだったな、」前の私。女の私か?その好きは、特別な好きじゃない癖に!……なんで。その後の対応がどうだったか私は覚えていないし、定かではない。ただ、気が付いたら家で小さく蹲りながら泣いていた。



もう少しで完成するはずだったのに病院へ通うのをやめた。私はどちらでもない存在になった。男には成れない、女には戻れない。いや、望めばどちらにもなれる。だけど、もうそんな気分じゃなかった。全ては忌々しい程にエイナムの言うとおりだった。薄々勘付いていたが、私は選ばれなかったのだと本格的に自覚したのだ。あの時の態度や言葉にそれらが如実に物語っていたのだ。エイナムに未完成のまま逢いに行った。そしてすべてを話した。「お前の言うとおりだった、私は選ばれなかったのだ。最初からだ。お前の、言うとおりだった」一度もエイナムの前でなど泣いたことなかったがその日ばかりはあの日を思い出してポロポロと涙を滂沱として頬を濡らした。私を化け物でも見るかのような憐憫する瞳を向けて息をついた。「そして、その中途半端なままなのか。というか、やると思わなかったんだよ、本当。確かに嗾けたのは悪かったけど。少しでも自覚している風だったから」望みを完全に破壊することが出来なかった私にも罪がある。勿論お前の罪が全て無いとは言い難い。エイナムに言われなければ私は恐らくこのような事本気で実行しようなどとは思わなかったからだ。でも最終的な判断は私が下した、先生やあの女にも再三に本当に良いのかと尋ねられたじゃないか。そのたびに私は素っ気なくああと一言で頷いたんだ。そしてこの様だ、中途半端な存在に成ったのだ。



「ところで、最近一般に公開された自由に夢を見られる奴知っているよな?」エイナムが話の腰を折るように別の話題を持ちかけた。口調からして私が知っていること前提で話していたようだったが、確かに知っていた。この間一般にも公開された奴だな?と言うとエイナムが言った。「どんな夢でも見られるそうだよ、どんな夢でも。お金さえ積めばね。値段は知らないけど」含みがあるような言い方と笑みだった。今度は私に対して何を言うんだろうと思っていたら、意外にも私に対して有益な事だった。「見ればいいだろう、名前と幸せになれる夢をさ。その醜い感情をも含めて愛してくれる偽物……虚像の名前を」そうか、虚像の名前ならば、私を愛してくれるのかもしれない。逢いたい、逢いたい……。こんな現実、もう見たくなどない。もう感じたくなどない。「……そうするよ、エイナム。では……此処でお別れだ。恐らくもう二度と逢うことはないだろう、」私にはもうそれしか残されてなどいなかった。ただ、虚ろに足を引きずりながら項垂れて前へと歩き出した。行きつく先の虚しさを私は十二分に理解していた。「……好きだったのになぁ、結局同類なんだろう。幸せを祈れない辺りがね、ごめん、レイザ」例えば、誰かを救うとしたら救った自分はどうなるんだろう?自分は救われないのだろうか?そんな自己犠牲を選べるほど強い人は存在するのだろうか?それは果たして強さなのだろうか?わからない。



夢は心地がいい。トロイメライのように。自分の疑問すらも掻き消して、夢の中の名前は私をいつも歓迎してくれた。好きなシチュエーションで、抱きしめてキスをくれる。「あんな男よりレイザが一番だって気が付いたの、私の事を一番に愛してくれるしね。好きよ、レイザ」って、柔らかく笑って私の元へとどまってくれる。それが、虚像でも私にとっての名前だった。そして、目が覚めるたびに鬱状態に陥る。やはり偽りでしかないのだと、思わされる。それでも、夢で過ごした時間は嘘なんかじゃない。「追加だ、時間の追加だ。金ならいくらでも払う」「あの、本当にお金大丈夫ですか?」相手から心配されるほど使っていたらしい。私は組織から毎回貰えた、溜めていた金をほぼこれに、つぎ込んだ。また、つけていたマスクの中に何かが送り込まれてきた、ゆるりと微睡んでいく。ぐるぐる渦を巻く螺旋のように続いていく。空っぽの胃の中、肺の中を這いずりまわる灰塵、塵芥のように。そう、これは永劫に終わりの存在しない話。



トロイメライが聞こえる、でもそれは耳をすまさなければ聞こえない程に微弱な音。されども今日も聞こえる。

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